炸裂! マナバースト!

「グロロロロロロロっ!」

「ゴアアアアアアアッ!」


 魔物たちがとうとう、痺れを切らして襲い掛かってきた。むしろ今までいろいろありすぎて、よく襲ってこなかったな。


「きゃあ! ……あれ?」


 突然のブロブたちの襲来に一瞬たじろいだラプスだったが、途端に拍子抜けしたような声を上げた。突進してきたブロブたちの攻撃を、まるで羽のようにふわりと跳んで躱す。


「……あんまり、早くない?」


 そして、着地ざまに、ブロブに強烈な踵落としを叩きこむ。


「ギャチャっ!」


 踵をもろに脳天に食らったブロブは、さらに細かい肉塊となって飛び散った。その様子にぽかんとするラプスだったが、俺も同時に唖然としている。


(……いや、殺しに躊躇いなさすぎないか!?)


 そりゃ、ファンタジーな世界だし、相手も魔物で、命のやり取りなんだろうけどさ。一応日本人だった身としては、生き物を殺す事って結構勇気がいる。さっきはレベルアップで興奮しすぎて忘れていたが。犬とか猫とか、殺そうとなんて思わないし。


 それをこの少女、かなりあっさりやってしまった。人の心とかないんか? と、思ったが……はたと思い出した。そういやコイツ、人じゃない。種族は、レッサーデーモンである。


(つまり、「俺、(右腕だけど)デーモンになっちゃったよ――――ってコト!?)


 とはいえ、ブロブたちを蹴り飛ばしまくるラプスに多少ドン引きしつつも、俺自身こいつらを倒すことにそんなに忌避感を感じてはいなかった。これも、俺がデーモンになっちゃったからなのだろうか……。


 そしてあっという間に、ブロブたちは物言わぬミンチになっていた。


「……あとは、あの大きいのだけね!」


 さすがのラプスも、じっと身構える。ドラゴンゾンビはブロブとは違い、かなりの格上であることは、直感でわかっているらしい。


「……おい、お前、魔法は使えないのか?」

「え、魔法?」

「アイツは物理防御は高いけど、魔法攻撃には弱いんだ」

「……なんでそんなの分かるの?」

「何かわかるんだよ! とにかく、魔法! なんかないか!?」


 俺の問いかけに、ラプスは口を一文字に結ぶ。


「……練習はしてたけど……成功したこと、ないの」

「はあ!?」


 そう言っている間に、ドラゴンゾンビが動き出した。首を大きく、後ろにもたげる。なんだか、猛烈に嫌な予感がした。


「おい、避けろ!」

「言われなくたって!」


 ラプスが回避行動をとると同時――――――ドラゴンゾンビの口から、真っ黒な液体が勢いよく吐き出される。


「「どわ――――――――――――っ!!!!」」


 俺たちは同時に横っ飛びで、ぎりぎり回避した。ごろごろと転がり、廃棄物の山にぶつかってようやく止まる。

 黒い液体を浴びた廃棄物は、しゅうしゅうと音を立てて、溶けていた。


(……酸か!?)


 口から吐き出した、つまり体内の液体、酸……。つまり、あれは……。


「ゲロね」

「女の子がそんな言葉使っちゃいけません!」


 さすが魔族、一切のためらいがねえや! いや、今日び人間の女の子だって、「ゲロ」くらい言うか……?

 そんなことを考えている間に、ドラゴンゾンビはまたもゲロを吐き出そうと首をもたげる。どうやらあれが、ゲロ発射の予兆らしい。


「やべえ、また来るぞ!」


 食らったらヤバイ、というのはドロドロに溶けた廃棄物を見ればわかる。というか害がないとしても、あんなの食らうのは死んでもごめんだ。


「魔法だ! とにかく魔法!」

「……じ、じゃあ、いちばん簡単な奴ね!?」


 ラプスは身構え、身体に意識を集中している――――――というのがわかった。そして、全身にあるエネルギー。恐らく、これが魔力という奴なのだろう。体の中を流れているのがわかるが、不思議と不快感はない。この感覚は、この世界の生命にとっては当たり前のことなのであろう。

 ラプスは右腕をドラゴンゾンビに向けると、魔力を集中させていく。


(……ど、どんな魔法なんだろう……!)


 直接聞いてもよかったのだが、集中の邪魔するのも悪いと思い、黙っておく。ドラゴンゾンビも、いよいよもって再びゲロを発射しそうだ。


「……マナ、バーストぉぉぉぉぉっっっっっ!!」


 そう叫び、右腕にたまっていた魔力が放たれた瞬間――――――。


「うぎゃああああああああああああああああああ!」


 俺は全身の激痛に、再び悲鳴を上げた。


 ラプスが放った魔法、それは「マナバースト」。まー要するに、体内の魔力を一点集中してぶっ放すという、魔法の中でも初歩中の初歩、いや、何なら魔法とも呼べない技である。ただ体内のエネルギーを何の加工もせずぶっ放すだけだからね。


 そして、その威力は当然、魔法攻撃力によって差が出るのだが、ここでもう一つ。MPというのもこの技の威力には影響がある。消費したMPが多ければ多いほど、威力も高いのだ。


 そして、思い出してほしい。彼女のレベルは、1から20までいっぺんに成長した。そして、レベルアップするたびに、HP、MPは全回復する。


 さて、ここで問題。すでに全快の状態でレベルアップすると、HP、MPはどうなるでしょうか? その答えは、「余剰エネルギーとなって体内に蓄積される」だ。


 つまり、何が言いたいかと言えば。


 ラプスの放ったマナバーストは、20レベル分の余剰魔力も含み、とんでもない威力が出てしまったのだ。それこそ、発射台である俺の筋繊維が、発射の威力に耐え切れず、ずたずたに引き裂かれるくらいに。


「きゃあああああああああああ!?」


 当然、撃ったラプス本人も、こんな威力が出るなんて想定していない。吹っ飛びそうになるのを、必死に踏みとどまる。

 とんでもない極太ビームを今更引っ込めることもできず、ラプスは激痛にあえぐ俺が逃げられないようにがっちり押さえると、更に力を込め始めた。


「……だりゃああああああああ―――――――――――――――――っ!」


 それなりに強い魔法攻撃力に、超高密度のエネルギー波――――――魔法防御力の低いドラゴンゾンビには、たまったものではない。

 ゲロを吐こうと口を開けた瞬間、閃光にドラゴンゾンビは包まれた。発射しようとしていたゲロもろとも、その姿はみるみる見えなくなっていく。


 廃棄孔すべてを包まんとする光が、やがて完全に消え失せた時。ドラゴンゾンビと、周囲にあった廃棄物は、もうどこにもなかった。


「はあ……、はあ……」


 全魔力を一発に注ぎ込んだラプスは、そのまま仰向けに倒れる。

 俺は、全身ずたずたになって気を失いかけて――――――。


「――――――あ、治った……」


 ドラゴンゾンビを倒したことで、俺たちのレベルが21になったのだった。

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