廃棄孔から脱出せよ!
「あー、いててててて」
レベルアップによってケガは治ったはずだが、筋繊維の断裂の余韻に、なんだかじんじんとした感覚が全身に残っていた。
「……あの、大丈夫? ……って、いうか……あの……」
「うん?」
ラプスは棒立ちのまま、俺をじっと見やる。彼女も強力なマナバーストをぶっ放したはずだが、レベルアップの影響ですっかり全快らしい。
そしてあらためて見てみれば、かなりの美少女だ。白い髪に整った顔立ち。体型は、ちょっとお子様な感じがするけれども。
「……う、腕……? 私の、右腕だよね……?」
「そ……そうだね……」
そりゃ、いくらデーモンでも、自分の腕がいきなり自我を持って喋り始めたら驚くよね。さっきまでは命のやり取りをしていたのでそれどころではなかったが、冷静になったらかなりカオスな状況である。
「い、色々と、聞きたいことがあるんだけど……し、喋れたの?」
「えっと、その……、せ、説明して大丈夫なのかな……」
転生とか、そういうのって、言ってもいいんだろうか? 天使には説明の時、特にその辺何も言われてない。聞いとけばよかった。
「と、とりあえず、ここから出ないか? なんか、暗いし、あんなバケモノもいるし……」
「そ、そうだ! 早くここから出なくちゃ……!」
ラプスはきょろきょろと周りを見渡し始める。まるで、何かにおびえているようだった。もしかしたら、まださっきのようなドラゴンゾンビがいるのだろうか?
この暗い場所は、見通しが悪い。ぐちゃぐちゃした黒い山はラプスがある程度吹っ飛ばしたものの、まだまだたくさんある。
「……ここって、どこなんだ?」
「知らないの? ここ、廃棄孔よ? 廃棄孔カタストラ」
「廃棄孔カタストラ?」
何だそれ、と思ったその時。みたび、俺の脳内にTIPSが浮かび上がる。
「TIPS 『廃棄孔カタストラ』
魔族領に存在する、三大危険地域の一つ。最深部は猛毒と呪詛が充満したダンジョンとなっている。生物の死骸が呪詛により生ける屍となり、落ちてきた生命あるものを食らう巣窟と化している。
また、72時間に1度、超高温の火柱による大焼却が発生し、廃棄孔内はすべてリセットされる。」
最初こそじっくり、このTIPSを読んでいた俺だったが。
「……大焼却?」
最後の一文に、いよいよ目を疑った。
「……こ、ここって、燃えるのか!?」
「そうだよ! 私、ここの近くの村に住んでるから、その火柱、見たことあるもの」
ラプス曰く、この廃棄孔は近隣に住むレッサーデーモンにとっては観光スポットのようなもので、この
「それで、ここって定期的に燃えるでしょ。だから、何かを棄てる時はみんなここに来るんだよ」
棄てるのはゴミがほとんどだが、中には処分に困るものを棄てる者もいる。例えば―――――食い扶持を減らすための、家族とか。
「……じゃあ、お前も……?」
「だからそれが、アンタのせいで……! いや、さっきはなんかよくわかんないけど助かったし、もう、いいけどさ……」
口では強がるも、ラプスにとっては苦い記憶である。つい今しがた、実の親に棄てられた、など……。
「……とにかく、早くここから出なくちゃ! 丸焼きになっちゃう!」
「丸焼きで済めばいいけどな」
なるほど、確かに言われてみれば妙だ。この廃棄孔、有名なゴミ捨て場だというのに、ゴミが少ない。頻繁にゴミが捨てられているのなら、もっとたくさんゴミがあってもいいだろうに。
ラプスが消し飛ばす前から、ゴミはさほど多くなかった。其れこそ、廃棄物の山と山の隙間を移動できる道があるくらいには。それは、定期的にこの中の廃棄物が焼き尽くされていたからだったのだろう。
「……で、どうやって出るんだ? 出口とか……」
「……わかんない……」
「だよなあ……」
ダンジョンみたいになっていてモンスターも出てくるけど、ここってゴミ箱の中みたいなもんだからな。底がどうなっているかなんてわかったもんじゃない。そして、ここに落ちて底に出口がないということは、もう焼け死ぬことが確定しているようなもんである。
「……よし、あるかわかんない出口を探すより、もっと別のやり方を考えよう」
「別のやり方?」
「上を見ろ。上を」
ラプスが上を見上げれば、ほんのわずかにだが、月光が漏れている。
「上は空いてるんだ。だから、上に登れれば、何とかなる!」
「でも、どうやって上るの? ここの壁なんて登れないよ?」
ラプスは右腕で壁を触る。ヌルヌルのベタベタだ。
「いや、俺で触るなよ!」
「しょうがないじゃない、私右利きだもん!」
「うぐ……」
物言いはするものの、理はラプスにあった。俺なんてついさっき右腕になったばっかりなんだから、そりゃ彼女の方が正しいよな。
ともかく、俺も感触的に壁を登っていくのは難しいと判断する。
「……となると、空でも飛ぶか……?」
「飛ぶって、どうやって?」
「それは……」
デーモンなんだし、空くらい飛べないのかとも思ったが、俺は敢えて言わない。だって、こいつが空を飛べないの、同じ身体だからわかるしな。それに、スキルに「飛行」みたいなものもなかった。
「……となると、うーーーーーーん……」
腕組み――――――をするのはラプスの役目なので、俺は思考だけを働かす。……そこでふと、上を見上げて、あるものに気付いた。
「……ん?」
空には小さく浮かぶ月。其れよりもちかくに、くるくると旋回している何かがいる。なんだろう、と思って目を凝らしてみる(ように意識している。実際のところ、目すらないから)と、旋回しているものを、ロックオンすることができた。
「種族 ネクロバット 系統 獣 属性 闇
レベル 10
スキル 飛行
毒耐性」
「ネクロバット……? コウモリか?」
レベルは低いし、ステータスも低いからさほど気にならなかったが、特徴はなんといってもスキル。見た目通り、「飛行」を持っている。
「なあ、あのコウモリ、何とか捕まえられないか?」
「えー? あんな高いところ、どうすれば……」
「なんか、もの投げるとか、できないかな」
うーん、とラプスは辺りを見回す。すっかり今更だが、このデーモンという種族は、夜目が効くらしい。事実、夜で光も届かず真っ暗な排気孔の中で、物を的確に探ることができている。
そしてラプスが拾ったのは、廃棄物の中に混じっていた石ころだ。
「……えいっ!」
ラプスは大きく振りかぶると、石を上空へ放り投げる。レベルアップの影響か、石は勢いよく上に飛んで――――――はいかない。狙っているコウモリのいるところとは異なる、明後日の方向へと飛んでいく。
「駄目だあ。狙ったところに投げるなんて無理だよ」
「でも、勢いはあったぞ。ちゃんと方向が定まればいけるんじゃないのか?」
口ではそういうものの、ラプスのステータス的に難しい、ということも、俺はなんとなくわかった。この娘、レベルが上がって攻撃力や防御力は上がったが、「器用さ」のステータスが最低ランクの「F」のままなのだ。狙ったところに物を投げる、というのは、いささか難しいかもしれない。
だが、このまま何もしないわけにもいかない。だって、このままだと俺たちに待っているのは、ゴミと一緒に焼き尽くされるエンドなのだから。
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