第4話

三木の頭と胴体は糸状の繊維で繋がれていたが、「うわばみ」が首をふるとそれも引きちぎられた。

やわらかい500mlのペットボトルを捻った時のような音を立て、頭部を咀嚼したようだった。


トリュフは傍らにあった捕虫網を手にした。武器としてはかなり頼りないが、ないよりはマシだろう。

猟銃を無理に使って暴発でもしたらつまらない。


『コモドドラゴンは爬虫類の中でもかなり早いらしい。足で逃げ切ろうとするな。ある一定の場所まで行ければいい』

ゆっくりとゆっくりと下がる。できれば大量のごちそうで満たされてくれればいいかと思っていたが、甘い望みだった。

ドアを抜け、リビングに入る。

埃一つない空間。最新機種の家電。豪華なソファ。家具チェーン店が展示してあるかのようだった。

動物と人の入り混じった血が、各所に散らばっていなければ。

うわばみの食べる手が止まった。


やばい。

トリュフはあなたの手を取り、走り出した。

砂利が痛い。こんなに焦っているのに砂利が痛い。

後ろは向いていないが、背後に迫っているのが分かる。

くそ。後もう少し。

あぁ。

トリュフの思考がゆっくり流れ始めた。

なんでこんな田舎でコモドドラゴンに襲われて死にかけてんだろう。

だめだ。

他人事になるな。

トリュフの視界にそれが入った。

こけるようになりながらブレーキをかけ、頭部を守って受身を取りつつ後ろを向く。

初速が遅いのか、5mほど差がある。

トリュフはあなたから半歩ほど離れ、咄嗟に網で叩くが、真ん中から二つに折れてしまった。

だがネットが首に絡まったらしい。ウワバミは網の中から威嚇するような声を出す。

よし。

フォアグラに言われた事を思い出す。

『最大の武器はその牙だ。それをまず封じる事。次にうまくいかないとなれば押し倒そうとしてくるはずだ。メスをめぐる争いでレスリングのように組み合いにくる。そうなったらしょうがない』

『なに?』

『やり返せ』

できるか。

できるかできるかできるか。

「勝手な事言ってんじゃねぇよオラァ!」

うわばみの首を捉えた。

ホールド。

仕事で覚えた護身術は、人とトカゲとで違いはあるがサイズ感が幸いしたらしい。

目を剥く。

爪が肋に刺さったらしい。

ナイフで切り付けられたようで、腕を離しそうになる。

さらに。ネットを頭から被った首をぶんぶん振り回す。必死で耐える。

必死で耐えている内に、久しぶりの感情が生まれた。

怒りだ。

なんでこんな事されなきゃいけねぇんだ。ホストへの、三木への、フォアグラへの、そして自分への憤りがピークに達した。

「けいぃ…びぃ…いん…舐めんなぁ!!」

偶然にもそれはフロントネックチャンスリーと呼ばれる技になっていた。

そして。

うわばみは井戸へと放り投げられた。

『あいつも爬虫類、つまりは変温動物だ。自分で温度調整はできない。つまり長時間水の中にいることができない。数分したら凍死する。問題はそこまでいけるかどうかだ。大丈夫。俺は信じてる』

勝手に信じんじゃねぇよ。会って一日しか経ってないくせに。


あなたは、トリュフの肩を抱き、立ち上がらせた。トリュフは顔をしかめつつ、よろよろと起き上がった。

「とりあえず病院行かないと行けないか…。サイコパスに殺されにへんぴな田舎まで来るなんてな」

あなたはもう一方の手を広げた。

ナポレオンカブトムシだ。

エメラルドに黒い縞模様の美しい形をしていた。

「…交通費ぐらいはもらえるってことか?」

カブトは鎧を広げ、薄羽を羽ばたかせるとよろよろとオレンジの朝日に向かって飛んでいってしまった。

「あいつ、故郷まで飛んでいけるかな」

夜が明けていた。

夏だというのにいやに涼しい日の事だった。



























地下室。

「…はい、という訳で、今回はツムゴロウの負けって言う形になりましてね。いやー、まさかあんな反撃喰らうとはねー。とねきちさんスパチャありがとう。『ダークウェブでクローン培養液なかったら詰んでた』いやほんまそれよなー。ヤコペッティさん『ラスボス死んだし引退?』いやそれがね、まだ裏面があるんよなー」

三木は檻の中を見た。大柄なその身体は、明かりに照らされていなければ熊のように見えた。

餌の生肉の返り血で、白黒の姿に赤のアクセントが加わった、「肉食系大熊猫」は、野生を閉じ込めるのに必死だった。

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悪い夏/グレートハンティング 微糖 @Talkstand_bungeibu

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