閑話 ヘイホーとマリア4
前回の続きですファストの町に着く手前までを詳しく書きました。
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「マリアさん、いまお暇ですか?」
「えぇ、落ち着いていますが、何かありましたかララ?」
「いえ、2人の昔の話をもっと聞きたいなーなんて」
「あらあら熱心な事。あなたはあなたのやり方で頑張った方がいいと思うわよ」
私がそう言うと真っ赤な顔をして、下を向くララは本当に可愛らしい。
「な、何のことですか? 私は純粋に2人の話に興味が」
「はいはい。じゃあ前に話さなかったララが一番興味のあることでも話そうかしらね」
南西部の町に来た私達はいつもの様に食べ歩く。ここではスパイスを使った料理や火に命をかけた料理が多い。そんな街でヘイホーさんは真逆の料理を出しました。
「なんだよこれ? 色のほとんどねえスープに、小麦粉か? 細くしたものが浮いてやがるこんなものが料理だって? かーっ、よそもんは料理ってもんがわかってねぇな」
「いいから食えよ。文句は食ってから言え。まずけりゃ金はいらねえ」
このころのヘイホーは少し挑発的でした。簡単に言うと調子に乗ってました。旅の途中で出汁と言うものを学んで、それが全てと思っている時期でした。
「うめぇ。だが……足りねえ」
「なんだようまいんだろ? 量がたりねぇならもう一杯食えば良いじゃねえか?」
こんな彼は見たくありませんでしたが、料理のことに口を出せる訳もなく、どう諭していいか、私にはわかりませんでした。
「いらっしゃいませ」
「おすすめ一つ……」
「はいよ、ちょっとこの辺じゃ食えない味だぜ」
1人の老人が来るとヘイホーさんは自信満々に、出汁のあっさりとした、うどんを出した。
「ふむ、魚の出汁と海藻の出汁を合わせか。それに流れ人から伝わってきたうどんを絡めるとは……やるのう。料理はうまいし、腕もいい。だがそれだけだ・・・・・。邪魔したの」
「おい爺さん、それだけとは随分なこと言ってくれるじゃねえか? 出汁の味を当てたのは驚いたが、まぐれだろ? この出汁とスープの割合は俺が研究に研究を重ねたものだ。それだけとはご挨拶じゃねえか!」
美味しいと言ってくれたお客様の言葉尻を捉えて、文句を言う。もう怒られてもいいから、私が言おう。
「あの、ヘイホーさん」
「そのまま帰ろうと思ったが……うまいがそれだけ、お前には客の顔が見えておらん。自慰行為がしたいなら家でしてろ。店など出すな。と言うことじゃ」
「てめぇ! そこまで言うならてめえが作ってみろ。次に来る客に合わせた料理というのを見せてくれや!」
お爺さんが私を遮って言った事は私にはすんと落ちた。その通りだと思ってしまったから。そうして次に通った人は褐色のいかにも地元といった感じの男の人でした。
「なぁ、お代はいらねえからあんたこの爺さんの料理食ってくんねーか? まずけりゃすぐに俺が作るからよ」
「あん? ただなら別に構わねーが何なんだ? まぁいいか。食わせてくれや」
お爺さんは調理場に入り、いかにもスパイスの効いてそうな赤いスープにうどんを絡めて出した。
「おお! ってこの地方の普通の料理じゃねえか。旨そうじゃないか。……コレは! うまい? いや辛い。何だコレ? いくらでも食えるぞ。あんたコレなんだ? いつもの料理は辛いが先にくるが、コレはうまい! うまくて辛い!」
辛くてうまいとうまくて辛いは何が違うんでしょうか? そもそも地元の人に、地元の料理をベースに出したら美味しいに決まってます。コレでヘイホーさんは納得するんでしょうか?
「うめぇ。確かにうめぇよ。だがコレのどこが、客に合わせた料理なんだ? ただの地元の料理のちょっとうまいやつだろ? これなら、俺の料理の方が……なぁあんたこれも食ってみてくれよ」
「あっ? あぁ。これも美味えな。でもなんか足りねえ」
二杯のうどんを食べた男性は最初に来ていた男の人と同じことを言っていました。たりない? たりないって?
「まだわからんか? 勘の悪い男じゃの。お前の料理は確かにうまいが、店を出してる場所はどこだ?南部の気温の高い、そして肉体労働で働くものが多く来る店だろう? なぜこの地域で辛くて味の濃い料理が地元の味になっているのか考えない?」
お爺さんがそう言うと、ヘイホーさんは雷に打たれたように衝撃を受けて、うなだれた。
「なぁ、俺帰るよ。無料でいいんだよな。ゴチソーさん」
「はい。ありがとうございました」
少し居心地の悪そうになった、男性を見送って、後ろを振り向くと、ヘイホーさんが土下座をしています。
「生意気な事言って悪かった。今の客に足りねえって言われて改めてわかった。俺を弟子にしてくれ」
「ワシは弟子をとらん。ワシのいったことがわかったなら、うまいもん作っとれ。また来る」
それから慢心を恥じて新しいメニューを研究して、屋台が評判になり始めたころでした。私は行列を整理して、あのお爺さんを見つけた。
ヘイホーさんに報告するとそのまま並んで待たせてくれと言われた。やっと来てくれたんだから、すぐに通すと思ったのに何で?
「いらっしゃいませ。ご無沙汰してます」
「そっちの嬢ちゃんが、ワシを見つけたから、てっきりすぐに呼ばれると思ったのじゃが……待たせてくれたのう」
お爺さんの言葉で2人はニヤリとする。きっとそれが正解なんだろう。特別扱いではないのが正解?貴族の抜けない私にはまだ分からない事なのだろうか。
「おすすめをくれ」
「はいよ」
「ほう、オークの骨で出汁を取ったか? そこに魚の出汁を加えるとは。しかし地元の味をベースにしなかったのは何故じゃ? お主の腕ならそれも可能じゃろ?」
「お好みで、これを入れてくれ。師匠の問いにはこれで答える」
ヘイホーさんは辛みのある油と、挽肉をスパイスで炒めたものを出した。他のお客様にも出しているがとても好評なものだ。
「味見してもらってる時にな、マリアが辛いもの苦手でな。それで気付いたんだ。南部の生まれでも辛いのや、味の濃すぎるのを嫌う人もいるって。そう言う人にも全部うまいって思って欲しいから。これが師匠から教わった事だ!」
「ワシは何も教えとらんよ。お前が勝手に気付いたんだ」
「師匠、名前を教えてくれねーか?」
「ヨンデじゃ。師など大したものではない。ただのジジイじゃよ。うまかった。また来る」
そう言ってお爺さんは去って行き、見えなくなるまでヘイホーさんはお爺さんの方に頭を下げ見送り続けた。
その件で色々なこだわりが取れたのか、心境の変化があったのか、ヘイホーさんと私との距離も近くなって来た感じがしました。それでファストの近くの宿場町での事でした。私とヘイホーさんは……
「随分懐かしい話ししてるじゃねーか? あの頃の俺は本当に何も分かってなかったよ」
「ヘイホーさん……」
あら、良いところで来てしまいました。タイミングのいいのか悪いのか? まぁ私も自分の情事を人に話す趣味もありませんし、ララには悪いけどこの辺で。終わりましょうか。
後書き
ヘイホーが、かっこいいとこばかりだったので書きたかった話です。スパイスの油はラー油、ひき肉は肉味噌的な、合わせて坦々麺的な感じです。
余談ですがうまくて辛いと、辛くてうまいとの違いを教えてくれた料理人さんには感謝しかない。
来週から3章の予定です。もう少しお付き合いいただければ幸いです。
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