閑話 ヘイホーとマリア5
「余計なことまで話しやがって。まぁ、今日はうどんでも作るかな。師匠を惜しんでな」
「まぁ酷い人、きっとあの方ならまだピンピンしてるわよ。今はお休みもあるし、今度会いにいってみましょうか?」
「いや、やめておこう。次に会うのは師匠を越えた時って決めてるからな。それよりよかったのか? お前の庭、旦那に教えちまって?」
「折角貴方が用意してくれたのにごめんね。でもタツヤ様ならいいかなって。命を救われたとかじゃなくてね」
そう、あれはファストの町についてからの事だった。旅から旅の生活は楽しかったし、ヘイホーさんはどんどん料理を覚えていって、ヨンデさんに指導を受けてからは、技術的なものだけではなく、彼は変わった。
「ここがファストの町? 話には聞いてたけど、本当に何も無いわね。でも空気が美味しい」
「だろう。俺も来るのは久しぶりだが、かわんねーな。それにここなら騎士や公爵様が探しにくることもあるめえ。尤もあの似顔絵で探してるうちは何処にいても見つかる事はないがな。ブフッ」
ヘイホーが思い出したように笑うのも無理はない。私としてもあの絵を書いた画伯に一言もの申したいんですけどね。
「でもよかったの? 暫くこの町で過ごすなんて?貴方はもっと大きいとこでお店を開きたいんじゃない? 貴方の腕なら王都でだって勝負できると思うけど」
「いいんだよ。俺の料理をうまいって食べてくれる人がいれば何処でだって俺は料理人でいられる。俺の料理を食わせてやる! なんてまた考える心配もねぇしな。」
「ヨンデさんの教えね。でもヘイホー、自分の恥を省みてそれを無かったことにしない。そんな貴方も素敵よ」
苦笑いする彼を私が褒めるとぽりぽりと頭を掻いて彼はプイっとそっぽを向く。照れているんだろうな。
まぁ男女の仲になったのも最近だし、あの人そう言うの苦手そうだし。
「私は貴方の所有物です」
出会った頃を思い出して私は私で赤面する。他に道がなかったとはいえ、所有物ってね……ねぇあの頃の私、他に言い方はなかったの?
それから一年ほどファストの町に滞在して屋台を開いて、お金もかなり貯まってきたと言う時でした。その間公爵家や貴族関係者が来ることもなく、平和な毎日でした。
「やぁマリアちゃん! ヘイホーはいるかい?」
「あらクレテさんいらっしゃい。今は仕込みでもしてるんじゃないかしら。何か食べます?」
「お前さんところはいつも混んでるから、この時間に来たんだが、あいつはいつ休んでるんだ?」
「さぁ? 皆さんに美味しく料理を食べてもらうことで元気の出る人ですからね。それで今日は?」
クレテさんは町の唯一の不動産屋さんだ。
以前にヘイホーがファストにいた時からの知り合いで気の良いおじいさんと言う感じだ。
「頼まれてた物件……おぉヘイホー、来たかーーー!」
「ちょっとじじいと出かけてくる。夜まで休んでてくれ」
奥から出てきたヘイホーがクレテさんをさらって行きました。物件て家でも買うのかしら? 私に知られちゃまずいみたいな感じでいたけど、まぁいいでしょ。あの人が何をしてもわたしは受け入れるだけですから。なんせ「所有物」ですからね。私はクスリと思い出して笑ってしまった。
「すまんすまん。うっかりな。と言うか、まだカミさんに伝えてないのか?」
「うっ! ……まだカミさんじゃねえ」
「なんじゃまだ伝えとらんのか? しようがないのう。デカい図体して、気が小さいんじゃから。ついて来い」
クレテに言われついて行くと、もうすぐ湖が見える所で、誰も通らないような小道に逸れる。怪訝な顔をしながら、ヘイホーはなおもついて歩いて行った。道が開けてきてそこには小川があった。
「あちゃあ、随分来とらんかったからのう。まぁ、整備すれば綺麗になるじゃろ」
「ここは? わざわざ歩いたにしてはなんもねえが?」
「ワシの土地、婆さんが静かな水辺が好きじゃったからプレゼントした。秘密の場所じゃ。入り口も所有者が教えんと分からん、認識阻害魔法もついとる。秘密のデートスポットじゃ」
雑草が生茂る奥には綺麗な小川が流れ、その周りにはスイセンか何かの花が自生している。ロマンチックとは程遠いヘイホーもここが綺麗になってマリアを連れてくれば、喜ぶかもと思う。
「婆さんももういないし、金貨二枚でええよ。ワシもたまに来ていいならな。阻害魔法の継承もサービスでつけよう。」
「じじぃ……」
ヘイホーは翌日金を払い、その土地を買って雑草などの手入れを始めた。
「マリア、今日も早仕舞いするからゆっくりしててくれ。ちょっと爺さんのところ行ってくる」
「はい、それは良いですけど貴方休んでないわよね? 何してるか知らないけど、身体には気を付けてね」
本当に何してるのかしら? 内緒だって子供みたいな顔で出かけるし、浮気が心配で1度あとをつけたけど、見えなくなっちゃったのよね。まぁ信じましょう。
「なぁ、なんでワシまで雑草ぬいとるんじゃ?」
「いいから手ェ動かしてくれよ。完璧な状態で土地を渡すのは不動産屋の仕事だろう? そう言えばあの日なんでうちの店来たんだ?」
「そうじゃ! いい土地が見つかってのう。大工にも交渉して、お前さんがやる店の建築なら格安でやってくれると言う話をしに来たんじゃった。1年屋台をやって得た信頼じゃな。聞いてた予算内ですむぞい! いやー歳をとると物忘れがなぁ」
「めちゃくちゃ本題じゃねえか! これから……は遅いから明日見に行こう! ますますこっちも早く終わらせねえとな。」
ヘイホーの忙しい日々は続き、半月ほどした後マリアはヘイホーから珍しい事を言われた。
「なぁ、明日は休みにして、ちょっと出かけねえか?」
「えっ、あなたからそんな風に誘ってくれるなんて珍しいわね……初めてかしら? 行きましょう! どこに行くの?」
「まぁそれは行ってからのお楽しみって事で」
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