第2章 23話 宿が潰れるまで

 話は2ヶ月前に遡る


Side オールイン


「えっ、冗談だろ旦那? コンマンのところが潰れる? この町で今一番の宿だぜ」


「いいサービスがあって、綺麗な建物があって美味い飯があれば、ある程度宿は流行るよな?」


「あぁ。宿屋っていうか商売の基本だろう? しかしそれがどうしたんだ」


 達也は残念なものを見るようにヘイホーを見て説明する。


「コンマンの宿は新しいし綺麗だ。マリアが甘めにとは言え、教育をしたオルテカとカイアがサービスや接客を、お前の弟子もなかなかやるんだろ? そのマシューが料理だ。つまり建物以外はこの三馬鹿が担ってたことになる」


「「「へへっ!」」」


「あっ! そうか。それをクビにしちまってさらにウチで雇ったもんだから、オールインはレベルアップして狐狸(コンマンの宿の名前)は落ちていく訳だ」


 そう上手くはいかないかもしれないが後はあの時の野次馬がどう動くかもあるしな。他にもこのレベルのスタッフを揃えているとは考え難いしな。引き抜きにも注意させないとな。まぁしばらくは潰れないだろうが警戒もしておかないとな。


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約1ヶ月前


Side コンマン


「おい、そこのお前! 最近売り上げが落ちていないか? フォックス商会からも今月の納金額が目に見えて減っていると指摘があったんだが」


「それはそうですよコンマン様、部屋は半数が空いていて、酒場もガラガラとくれば売り上げは落ちます。来週の予約は今のさらに半分です」


「何故そんな大事なことを早く言わん? お前らは馬鹿なのか? それとも、この宿の代表にでもなったつもりか」


「いっ、いえ一度お伝えにいったところ大変荒れていまして、『暫く誰も通すな。従業員もだ!』とおっしゃっていたので」


 あの時か? あの小僧に卑劣にも嵌められた時か? 全く邪魔をしてくれる。しかしこの男もそんな一大事なら、私が来るなと言っても、来るのが真の部下というものだろうに使えん男だ。


 コンマンは自分は1ミリたりとも悪くないと言った体で番頭の男に話しかけた。


「お前の落ち度は特別に不問にしてやる。それで、何故こんなに売り上げが落ちているかはわかっているんだろうな?」


「はいコンマン様、勿論です。オルテカ、カイア、マシューの3人が辞めたせいです」


 男が得意げに答えると、コンマンはさらに苛立ち、男の胸ぐらを掴んで言った。


「あいつらが原因なら何故代わりの人間を雇わん?お前はそんな事も出来ないほど無能なのか? お前を雇って番頭にした私が無能なのか? おいっ!」


「ゴホッゴホッ。そんな事はありません。しかしあの三人ほどの人材を正規の金額で雇うとなると、大変な額になります。以前はコンマン様の劣悪……見事な契約でなんとかなっていましたが。何故クビにしたのですか?」


なんと! あいつらは有能だったのか。ヘイホーに関わる奴への嫌がらせに雇っただけだったんだが、さすが私だな。


「多少金はかかっても構わん。他の町からでも引っ張って来い」


「よろしいので?」


「くどい!」


「他の町からとなると物価も違いますので、1人あたり月金貨で15枚は必要ですがよろしいのですね」


「いいわけあるかー!」


 感情に任せてコンマンは男を張り倒した。そんな逸材をこの私が手放すわけは無い。

 そうかこれもあのタツヤとか言う小僧の計略だな。しかし番頭は大袈裟すぎる。あいつらくらいの人材、私がすぐに集めて見せようでは無いか。



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一月半後


Side コンマン


 結局人材は見つからなかった。あいつらより劣る能力であいつらより3倍は高いとか詐欺ではないか? こうなれば最後の手段に移ろう。一度裏切った人間はまた裏切るからな。


 とある日の夕方、孤児院から帰るオルテカ達に、コンマンが近寄って行った。支度金をたんまりと持って。


「やあ、オルテカ君調子はどうかな? 新しい環境でうまくやれているかい?」


「うわっ! 本当に来た。来るなら文字を覚えていない俺たちの方にまた来ると言っていたけど。こんなに早く」


 後半にかけて小声でぶつぶつと呟くオルテカに無視されたと思ったのか、もう一度大きな声でコンマンが話しかける。


「私も君達の事は気になっていてね。オルテカ君達3人にいい話があってね。まずこれを見てくれ、金貨50枚、支度金として用意した。それと待遇もよくしよう。君達はこれにサインをするだけで構わない」



「ど・れ・い契約?」


 文字を習い始めてひと月と少しだが契約関係は気を付けろと言われたので、読むことが出来た。特に覚えが早かったカイアが読み進めていく。


「そっ、そんな訳ないだろう親愛なる君達に奴隷だなんて?」


「コンマン、俺たちはどんな条件でもあんたのところじゃもう働かねーよ。他でもだ。俺たちはもうどんな事があっても、恩人や主人を裏切る事はしない。カイア一応、続き読んでみて」


「うん、支タク金は準備をするためのお金なので、孤狸で働く✖️△が出来しだい返していく? 金⚪︎×は1日1割とする? 何これ詐欺じゃない?」


 完全では無いにしろ、契約書を読まれたコンマンは脂汗をだらだらと流す。どうするかと思案していると、番頭が走って来た。


「コンマン様! 大変です」


「何? それは一大事だな。すぐに戻ろう。あぁ君達今日の事は無かったことにしてくれ、残念だが私も潔く諦めよう。契約書は返してもらうよ」


「えっ、まだ何があったか伝えてない……」


「いいから行くぞ! だからお前は行動が遅いと言うのだ。時代はスピードを求めているのだ。時は金なりだ」


 カイアの手から契約書を引ったくりコンマンは番頭と共に去って行った。


 くそ、引き抜きもダメとなると後は今いる低賃金従業員共を育てるしか無いか? 私は育て方などわからんぞ。番頭にやらせるか。そう言えば何か言っていたな。


「はぁはぁ、おい! いつまでへばっている? 何が大変なんだ?」


「はぁはぁ、ぜぇぜぇ。予約が全部キャンセルにはぁはぁなりました。明後日からは客は0です」


「なにい? 付き合いのあった商人どもにはそれなりにサービスもしてただろう? 何故急に?」


 ありえん。商人同士の繋がりは固く、宿がオープンしてすぐのまだ暇な時も泊まりに来てくれていた奴らが何故急に。


「皆様、契約書詐欺がなにかと、仰ってました。隣の町まで噂になっているようで、契約を重んじる商人達は信用が出来ないとキャンセルしていきました」


「契約書の詐欺? 今日の話が何故噂になるんだ?……そうか! あの小僧の宿で言い合った時の野次馬どもが! くそっ! トコトン卑劣な奴だ」


 劣悪なサービス、ぼったくりのような料金、臭い飯、今では掃除も行き届いていなく、いい宿屋の条件は全て無くなり、そしてサービス業にとって本当に大切な『信用』をも失ったコンマンに、もはや打つ手は無かった。


「なんとかしろ! なんとかしろ! 金はかけるな! なんとかしろ! お前の仕事だろう? なんとかしろー」


 策もなく指示でもない。そんな怒鳴り声がガラガラの宿から聞こえていたそうだ。


2ヶ月後


「コンマン様、従業員の給料が滞っております。これ以上は引き止められません」


「黙ってろ! フォックス商会が援助を打ち切るだと? 初期投資はすでに返したと言うのに。少し出かけてくる」


 コンマンはその足で、ある場所に出向き怒鳴り始めた。


「何故私の宿が金貨100枚程度なのだ? まだ建ててからそんなに時間も経っていない。調度品も置いていくと言うのだぞ。町一番の宿屋だぞ!」


「コンマン、お主に今の店を建てる大工を紹介したのはワシで、ここはこの町唯一の不動産屋だ。今の店の状況もわかっている。わしも商売でやっとるからこれ以上は無理だ」


「それで良い! 早く金をよこせ」


「毎度あり」


 宿に戻り、金目の物をかき集めコンマンは番頭を連れて夜逃げした。タツヤめ、このままではすまさんからな。私はすぐに戻ってくる。お前だけは必ず殺す。


 あの日コンマンがオールインに乗り込んで来てから2ヶ月と少し、狐狸はこうして潰れた。

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