2章 7話 午前と午後との高低差が激しい


 昼の鐘が鳴り、休憩が終わった。昼からもどんな地獄が待っているのかと、恐怖する皆の前で達也が言った。


「町に出て意識することは背筋を伸ばす事だけだから。常に綺麗に歩いてね。勿論人に迷惑はかけないでね」


 午前中で恐れていたその言葉に拍子抜けしてしまう。そして、何か裏があるのではと勘繰る。想定した地獄のどれにも達也の発言が当てはまらないからだ。


 綺麗な姿勢で町を歩いていくと、ヘイホーではなく達也が案内を始めた。


「ここは、ヘイホーとバインだね。ヘイホーはわかってると思うけど市場だ。ここで食材をしっかりと見極める様に。あっ、それと……」


 市場の裏路地に入って行く達也にヘイホーは愕然とした。地元の人間でも数少ない人しか知らない路地に達也が向かっているのがわかったからだ。


「この辺の露店にとても質の良い食材や、雑貨なんかが売ってることがあるから、自分の目を鍛えに行くときはここに来てね。たまにとんでもないものが売ってる時もあるから。あと、騙されてもこういうところは自己責任だからね」


「大将、なんで……?ファストに来たことがあるのか?」


「えっ? だって宿に泊まったお客様からお勧めの場所とか色々聞かれた時、答えられなかったら宿屋として格好悪いだろ? 下調べもして、昨日も一昨日も研修が終わった後に他の宿とかいって酒場でいろいろ聞いたりしたよ?」


 あのハードスケジュールの後にそんな事をしてたとは。今度自分が案内をしようと思っていたヘイホーはもう開いた口が塞がらなかった。

 その後も次々と穴場も、名所も案内して行く。


 ロキに冒険者ギルドを紹介して、冒険者でなくても出来る薬草を納品させて、次の場所に向かう。ギルドへの登録は成人してからなので、顔見せ程度だ。まぁ特例はあるのだが今のところそれを使う気はない。


「バイン猫背! あっみんな、着いたよここだ」


 1番前で案内をしている達也から、後ろから2番目を歩くバインの姿勢に注意が入る。もうずっと訳がわからない。

 着いたのは、町で唯一の服屋だった。


「おばちゃん来たよ」


「んっ……あぁあんたかい。この前はご馳走様。いってたのはこの子達かい?」


「うんなるべく安く、それで宿屋で働いても良い様な清潔感のある格好に揃えてあげて。それと1人1着づつ仕事以外の服も選ばせてあげてね」


 既に顔見知りの様で、段取り良く進めていく。本当に姿勢を伸ばすことしかしていないので、午前中との落差に一同が困惑する。


「僕がいると選びにくいだろうし、行くところもあるから好きに見て。1人1つずつ好きな服も選んで良いから。あんまり高いと怒るからねー(笑)2つ鐘が鳴ったら戻るからそれまでに選ぶんだよ」 


 そういうと本当にいなくなってしまった。

どうする?これも何かの練習なのか?試されてるのか?と、疑心暗鬼になってしまっている中、最年少のロキが口火を切る。


「おばちゃん、俺この服欲しい。かっこいいなこれ」


「はいはい、お金はタツヤが払うっていってたから気にしないで選びなよ。はっはっはっ!」


 目を¥マークにして、豪快に笑うおばちゃんを見て、どうせ怒られるかもしれないならと女性陣が一斉に服を選び出した。いつの世もどの世界でもやっぱり女の子はおしゃれが好きなのだ。ましてや今迄は買うこともできなかった綺麗な服に興味を持たない方がおかしい。二回の鐘はあっという間に鳴って2時間が過ぎた。


 服を買ってもらい、特に怒られることもなく「うん、良いね。」とだけいう達也に皆が目配せをして一列に並んだ。


「「「ありがとうございます」」」

 

「どういたしまして。皆似合ってるよ」


「あんたら良く教えられてるねぇ。うちに欲しいくらいだわ」


 乱れの少なかった最敬礼に目を細めたおばちゃんに言われると何かとても嬉しい気持ちになったのを感じた。努力が報われるのは嬉しい事だ。


 楽しい時間が終わり、暖かい気持ちで住居に戻るとこの日最後の仕事授業が始まった。



「文字ですか? 計算も?」


「「俺はコック(冒険者)だからそう言うのはいらないんじゃないかなーって?」」


 見るからに勉強の嫌いそうな2人がおずおずとやりたく無い発言をしてきた。


「えっ、正気? まずロキ、冒険者になって数字が分からないと依頼料とか誤魔化されるよ。装備やアイテムもぼったくられるかもしれないし。字が読めないと詐欺みたいな契約魔法を結ばれる事もあるし、計算が出来ないとパーティを組んだ時に、分配で言われるままの額しか貰えない事もある」


「う、うん。ごめんなさい」


「ヘイホー、お前もっと正気か? 今迄買い付けとかどうしてたの?向こうの言い値? えっ? たまにマリアさんにやってもらってた? うん、これ以上言わなくてもわかるよね。やれ!」


「はい!」


 この中で1番達也の怖さを知っているヘイホーと理詰めで論破されたロキはあっけなく陥落した。そんな2人をよそに達也は授業を進めていった。


17:00


 本日最後の鐘がなりこの日の仕事が全て終わった。特に接客研修のような熱烈指導は無く、授業は終わった。達也曰く勉強に早道は無いし接客もだけど、後は自分次第だからと言う事だ。


「明日からは勉強は教会で教えてもらう様に頼んでおいたから、昼ご飯の後の鐘が鳴ったら教会に行ってね。それでは今日はお疲れ様でした」


 そういって涼しい顔で、去っていく達也に今日何度目かわからない戦慄を覚えるのだった。誰とも無く、これが毎日かと言う呟きが聞こえた。


次の日の朝の接客研修、涙目で全力で謝るロキの姿が見えたのは言うまでも無い。

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