第2章 6話 仕事は仕込みは9割
朝6時、カーンカーンカーンカーンと軽やかな鐘の音が教会から王国全土に鳴り響くよく晴れた朝、達也は2度寝して7時に目を覚ました。
他の人たちは今迄と違った時間感覚に、戸惑って早起きをしていた様だ。
めいめいに朝食をとり、8時の鐘でみんなが集まる。
今日からオープン迄はみんな8時ー17時までの研修だ。バインなんかは6時に起きて、ヘイホーの手伝いをしていたそうだ。とてもいい傾向だが初日だし休んでほしい。
明日からはマリアさんとヘイホーの2人の子供も参加すると聞いている。
赤い帽子の髭の配管工を想像せずにいられない、ネーミングセンスだ。マリアさんの名前がピーチだったらもっと危なかったよ。
さて、まずは接客の練習から始めて行こうと思う。
今日は 8:00-12:00接客研修。
13:00-15:00 町を見回る。
15:00ー17:00算数と文字を覚える。そんな予定だ。
ちなみにロキは8:00ー12:00.ランニングと薬草摘み、それからオウル式の素振りのトレーニングメニューだ。昼からはみんなと同じにしている。さぁ始めよう。
AM10:00
「違う違う! お辞儀は1番の基本だからしっかりね! まず背筋が伸びてないと格好悪いから、リリとバインは猫背に気をつけて、背筋を伸ばしたまま背中を曲げる…伸ばしたまま折るんだよ!」
「「ハイィ!」」
昨日までの柔らかな物腰は何処へやら、達也の熱血指導が響き渡る。
「ヘイホーはなんで頭下げる角度も分けれてていいのに全部首から上げるんだよ、首からあげるお辞儀なんて、1番お客様を馬鹿にしてるからな!」
「大将、俺はコックだからこう言うのはあまり…それよりバインをしこまねぇと」
「ん? 今なんて言った?コックは挨拶も出来なくていいって言ったのか?元、町1番の宿の料理長様はお辞儀も満足に出来ないのか!?」
「いや、そんなつもりは」
「これを作った料理人を呼んでってお客様に呼ばれたらどうする? これから先あるぞきっと。お前はそれだけの腕を持ってるんだ。料理人が料理だけしてればいいなんて二度というな。
口答えした後は、終始冷たい笑顔で、怒鳴ることもなく静かに静かに叱られる。ヘイホーはつい2日前の、「宿屋舐めてんのか?」を思い出し寒気とともに最敬礼で首をこれでもかと固定して謝罪する。
達也の地雷は宿にある事を初日に身をもって知っているからだ。
「いいかい、最初にサボれば何も身につかない。最初は厳しくするよ。できる様になれば何も言わないし怒ることもない。はい、さっき言ったこと復唱して」
「「「ハイッ‼︎ 浅いお辞儀は通りすがり、普通のお辞儀はしっかりとした挨拶。深いお辞儀は謝罪や感謝です!!」」」
「はいっ!」
「「「同時礼にならない! 語先後礼を大切にします!」」」
「そう、最初から全部出来なくて良いから頭の中に常に置いておいて!」
修羅の如き達也に震えながら従う。始めてからたった2時間の接客指導が、途方も無く長く感じる。そして重い疲労を生んでいく。
「はいっ!せーの!」
「いらっしゃいませ!」
「ヘイホー、何度も言うが首からあげるな! 芸人か何かが、被せてるのか? 天丼か? リリ(頭を)上げるのが少し早い、頭の中で2つ数えて。後はオッケーはい、もう1度!」
スキルの鷹の目や並列視野を存分に使い、細部をチェックする達也はさながら一流の教官。更に3年で手に入れた並列思考のスキルも同時に使い、各自の課題の改善策を組み立てていく。
10:45
「お疲れ様、15分休憩!」
「「「はい!」」」
その場にへたり込んだ皆の分の果実水を達也が各自に配っていき、「お疲れ様。疲れると甘いのが美味しいよね」と昨日の夜と変わらぬ笑顔で声をかける。
それがまた皆の恐怖心を煽る。本当に同じ人なのだろうかと。
「おねぇちゃん疲れたー」
泣き言を言うルルに「しっ!」と口の前に指を立て黙らせようとする。リリに達也は反応する。
「ごめんな。ルル、僕も力が入ってるのかもしれない。でも本当に最初が肝心なんだ。後一回鐘が鳴ったら、今日の練習は終わりだから頑張ってね」
「へっ? はい」
返事をしたのはリリだ。批判や文句とも言えるルルの発言に流石に怒られると思っていたら励まされたので気が抜けた様な返事になってしまった。
11:57
「鐘の音待ってるんじゃないよ!集中!笑顔で!お客様はいつも見てると思って。泣きそうとか疲れた顔とか、お金払ってるお客様には関係ないから!」
「「「はひぃ」」」
因みにビシッと背中に鉄板が入った様に、背筋を伸ばしている達也はみんなと同じメニューを自分もやっているし魔術も使っていない。
(この人……なんで……崩れないんだろ)
「よーしラストしっかり揃えて、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
【あの時、いつもと同じ音の教会の鐘が、私を迎えに来た天使の福音に聞こえました】と、のちにララは語った。
「メシー」
鐘の音が鳴り終わりロキが室内に戻ってくる。汗だくでへばってはいるがまだ元気だ。
もう少ししごいても良さそうだなと、達也の口から漏れた小さな呟きを姉のララは聞かなかったことにした。
「ロキお疲れ様。よくサボらず頑張ったね」
「ふん、あれくらい楽勝だよ!」
「でも最後の40分ただの素振りになってたよ。なんのモンスターを想像したの?明日からはちゃんとやるんだよ」
ニヤリと達也が微笑むと、ロキは鳥肌を立て「何で……」と呟いた。鷹の目のスキルはは庭まで届いていた。
ここで初めて支援魔術を自分に使って、仕込んでもらった煮込み料理とパンを配膳する。豚の内臓の煮込みの様な料理は食欲をそそる香りを出している。深い茶色に煮込まれた料理は濃厚なシチューの様だ。
「早い!なんでスピードで料理を配膳してやがる? しかも全くこぼれていないだと? 大将は本当に宿屋の素人なのか?」
宿屋で働くのは初めてだが、誰も素人とは言っていない。
疲れた体を起こしテーブルにつき、皆なんとか食べ始めた。否、疲れたのは頭の方だ。脳味噌が汗をかいた様な感覚を一同は初めて味わっていた。
「ねぇちゃん達はいいよな。楽な宿の練習だけで。俺もう疲れちゃったよ」
「……ばっバカ!」
少し呆然とした後ララがロキに言うがその言葉は達也鬼の耳に届いてしまった。
「じゃあ明日はロキも体験してみようか!楽な宿屋の練習を」
「いや俺は冒険者にな……はい」
あまりにも冷たい声と笑顔にロキはつい返事をしてしまった。生意気盛りの怖いもの知らずの子供が気圧されたのだ。
「みんな食べながらでいいから聞いてね。まずララから、全体的に初日にしては良かったけど笑顔を意識してね。あと疲れて来ると猫背になるから、そこも明日から気を付けて、次に……」
10分ほどで全員の、良かった点や改善点を説明して見せると全員がゴクリと唾を飲んだ。
「あの? なんでみんな見えてるんですか?・・・・・・・・
「ああ、スキルと慣れかな。俺もこんなにやったの新人研修以来だよ。みんな頑張ったね。でもあの時の先輩はもっと厳しかったなー。僕もまだまだ甘いか。明日からはもっと……」
達也がぶつぶつと呟き始めると、ロキを含めて、皆の歯からは既にカチカチと言う音がなっているが、真剣に考える達也にその音は届かない。
「まぁ、それはいいとして休憩中にこれ以上仕事の話するのも嫌だし適当に雑談でもしようよ。特に村からの子達はまだまだ細いんだからたくさん食べて食べて!ヘイホーの料理は本当うまいね」
「ははは、ありがとうございます。」
ヘイホーの口から乾いた笑いが溢れた。
「次の鐘がなるまでゆっくり休んでね。昼からはファストの町の散歩だよー」
いち早く食事を済ませて皿が空いた人には、おかわりを聞いていく余裕のある達也。そののんびりと聞こえる達也の声に言葉通りの和やかな散歩を想像するものは1人もいなかった。
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