第113話 喜多川兄弟2
◇◇◇◇◇
あの事件の後、喜多川星羅、北斗、南斗は、勤めていた夜の店を辞めて、3人とも無職となっていた。
そして、底辺の生活に逆戻りしていた。
あれ以来、星羅は部屋に閉じこもったまま外に出ようとしない。
本人曰く、人生の休憩中らしい。
ただ、星羅もそんなに弱い人間じゃない。
それなりに時間が必要だった。
一方、北斗と南斗は頻繁に出かけていた。
今まで、星羅に苦労をかけた分、俺たちが何かしなければという想いだった。
そして、ある日、北斗と南斗が帰って来るなり、星羅に話があると告げた。
北斗:「星羅。このあとは、俺とジュニアに任せてくれ。やっと、決心がついた。」
南斗:「ああ、俺らに任せろ。」
星羅:「帰って来るなり、いきなり任せろって、何をするつもりなの?」
北斗:「例の件で、改めてよく分かったよ。
俺たちみたいな底辺の存在は、いくら頑張っても平等にならないってことだ。
それを覆すために東京に出る。」
南斗:「そうそう。世の中は金だぜ。」
星羅:「どういうことなの?」
北斗:「知り合いに頼んで住むところも決まった。ここを引き払って、3人で出ていくぞ。
この街とはおさらばだ。
この街にいても何も変わらない。」
北斗の言う知り合いとは、少年院時代に知り合った北斗たちとよく似た境遇の人間だった。
星羅は意味がわからなかったが、北斗たちは細かい話は教えてくれない。
ただ、星羅としても、早くこの街を出たかったので、北斗たちの言う通りにした。
◇◇◇◇◇
東京のとある街に引っ越した3人は、新しい生活を始めていた。
まず、北斗と南斗だが、とある知り合いからの伝手を経て、薬の売人になっていた。
組織の末端としてではあるが、ノルマを果たせばそれなりの収入が得られた。
慣れない仕事であったが、売れば売るほど収入が得られる歩合制であり、2人は売りに売りまくった。
そして、かなりの収入を得られるようになってからも、贅沢は一切せずにひたすらに貯金をすると言う生活を送っていた。
一方、星羅は、少しの休憩期間を経て、北斗が紹介した東京の高級クラブで働き始めた。
ここは、前の地元のクラブとは違い、星羅に対して差別することなく、むしろ働くにはいい環境であった。
北斗に言われた通り、星羅はここでは20歳として通し、源氏名も変えている。
初めのうちは怖い気持ちが勝っていたが、それも徐々に無くなっていった。
元々、この世界で働いていたことと、容姿が優れていることより、こちらも徐々に収入が上がっていき、生活に困ることは無くなっていった。
そして、いつかは自分の店を持ちたいと言う気持ちになっていった。
3人は、過去の事件を忘れて、それぞれが新しい目標を持って、毎日を過ごすようになる。
◇◇◇◇◇
そして、東京に出て来て1年が過ぎようとした時に北斗が星羅に話を切り出した。
北斗:「星羅。お前、自分の店を持ちたいんだよな?それは変わってないよな?」
星羅:「改めて何よ。そうね。いつになるのかは分からないけど、そうするつもりよ。」
北斗:「そうか。じゃあ、大丈夫だな。
売りに出ていた店を俺とジュニアで買い取った。場所は六本木だ。元々、目をつけていたところで、立地も悪くない。」
星羅:「え?嘘でしょ?」
南斗:「本当だぜ。嬉しいだろ?星羅。」
星羅:「もう!勝手に何やってるのよ!」
星羅は、勝手に決めてきた二人に文句を言ったが、二人の想いに泣きながら笑った。
それから、購入した店のことを教えてもらってからは、夢が広がる想いだった。
星羅:「え!すごくいい場所じゃない?
お金はどうしたのよ?」
北斗:「店の購入資金は心配するな。
ただ、改装費用はお前が出せ。
それくらいは持ってるだろう?」
北斗は、星羅が店を持つために、それくらいの金を貯めていることは知っている。
星羅:「それはなんとかするけど。
北斗と南斗はいいの?」
北斗:「いいに決まってる。
ジュニアもそうだよな?」
南斗:「当たり前だ。
これ以上の使い道はねえよ。」
北斗:「ってことだ。
今後、俺たちも経営に加わる。
裏の仕事は俺たちが仕切る。
星羅には無理だからな。
お前は店の表側を仕切ればいい。
お前の好きなようにな。」
星羅:「北斗、南斗……ありがとう。
もう!いい兄弟を持って幸せだよ。」
南斗:「そうだろ?
俺って姉想いだからな。」
北斗:「ふっ。まあいいか。
店の女の子も、知り合いに頼んで何人かすでに確保している。
あとは星羅が面接して決めてくれ。
改装が終わったら、すぐにオープンする予定だからな。」
南斗:「忙しくなりそうだな。」
星羅:「ふふふ。段取りがいいのね。」
北斗:「ああ。あとは店の名前だ。
これは、星羅が決めてくれ。
これだけは業者に待ってもらっている。」
南斗:「ああ、なんでもいいぞ。」
星羅:「わ。嬉しい。私が決めていいのね?
そうね。どうしようかな?
うーん。ちょっと待ってね。」
星羅は嬉しそうに、何がいいか迷っている。
それを見ている北斗と南斗も心の底から嬉しそうだ。
星羅:「そうだ。バタフライ!どう?
クラブ・バタフライ!
うん。我ながら、ナイスネーミングセンスしてるよね?」
南斗:「なんか、普通だな。蝶かよ。」
北斗:「ああ、いいんじゃないか?
クラブ・バタフライか。
じゃあ、それで行こう。
業者には、その名前で伝えておく。」
こうして、3人は新しいクラブ・バタフライの共同オーナーになり、六本木ではそれなりに有名店になっていくのだった。
喜多川星羅 17歳
喜多川兄弟 16歳
若くして、早くも実業家の道を歩んでいく。
これがのちの大企業バタフライ・コーポレーションの前身であった。
◇◇◇◇◇
時は過ぎ、星羅の18歳の誕生日。
今日もクラブ・バタフライは盛況で、星羅の生誕祭イベントが開催されていた。
和服に身を包んだ星羅の前には、火のついた蝋燭を立てた3階建てのケーキと黄金に光るシャンパンタワーが飾られていた。
その両サイドに、共同経営者である北斗と南斗も並んで見守っている。
時刻はもうすぐ0時。
日が変われば、星羅の誕生日である。
みんなで一斉にカウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1、0!
パン!パン!パン!パーン!
みんなの手に持ったクラッカーが一斉に鳴り響いた。
みんな:「星羅ママ!誕生日おめでとう!」
拍手喝采の中、星羅が目の前のケーキの蝋燭を一気に吹き消す。
星羅:「皆さん。ありがとうございます。
こんなに盛大な誕生日を迎えられて、これも皆さんのおかげです。」
星羅は深々と頭を下げた。
そして、クラブ・バタフライの星羅ママ生誕祭は、無事に幕を閉じた。
◇◇◇◇◇
店の片付けも終わり、キャストのみんなもそれぞれ星羅に声を掛けて帰って行った。
そして、残った3人でもう一度、星羅の誕生日を祝うためにグラスを傾けている。
北斗:「星羅。おめでとう。」
南斗:「おめでとう。」
星羅:「ふふふ。ありがとう。
2人には感謝してるわ。
まさか、こんな日が来るなんて夢のよう。」
北斗:「そうだな。俺も嬉しいよ。」
南斗:「そうだよな!いい日だぜ!」
星羅:「それとね。さっきね。
私に天啓が降りて来たみたい。」
南斗:「は!?何それ?」
北斗:「ジュニアは知らないのか。
星羅。それって例のスキルホルダーってやつだな?」
星羅:「うん、そう。ビックリしちゃった。」
南斗:「ああ!あれか。それなら知ってるぜ。
確か、1万分の1ってやつな!?
星羅がそれになったのか?すげーじゃん!」
北斗:「確かに。星羅、良かったな。
で、どうするんだ?
エクスプローラとして登録するのか?」
星羅:「そうね。登録だけしてもいいかもって思うけど、今はまだいいわ。
お店も軌道に乗ったばかりだからね。」
北斗:「そうか。まあ、それでいいかもな。」
南斗:「で、そのスキルってのは何だったんだ?」
北斗:「それは俺も気になるな。」
星羅:「えーっと。ちょっと待ってね。」
ステータスボード!
【個体情報】喜多川星羅 18歳 人間族
【個体強度】レベル1
【固有超能】鬼人
星羅:「スキルは鬼人だって。
これって、よくわかんないね。」
北斗たちは、スマホでスキルについて調べてみた。ただし、スキルの情報はあまり公開されていない。
北斗:「鬼人ってスキルは見つからないな。
ただ、種族系スキルってやつだろう。
それって結構レアスキルみたいだぞ。」
南斗:「レアかよ!いいじゃん。
星羅、どんなスキルなんだよ?」
星羅:「そうだね。私もどんなスキルか分からないから、ちょっと使ってみるね。」
天啓を授かったものは、自然とスキルの使い方が分かるようになる。
鬼人!
星羅は、スキルを使おうとしたが、何の変化もなかった……。
星羅:「あれ?何も起こらないね?」
南斗:「何じゃそりゃ!?」
北斗:「まあいいじゃないか。
スキルホルダーってのは謎が多い。
そのうち、分かるだろ。」
星羅:「そうだね。今は要らないしね。」
南斗:「おぅ。今は楽しもうぜ。」
後で分かったことだが、種族系スキルというのは、ゲート内の異世界に入った場合にのみ使用できるという制約があるらしい。
その分、強力なスキルではあるのだが。
それから、星羅、北斗、南斗の3人は、姉弟水入らずで昔話を語りながら、やっと掴んだ幸せを醸しめていた。
喜多川星羅 18歳
喜多川兄弟 17歳
今まで寝る間も惜しまず走り続け、すでにそれぞれが立場のある状況になっていたが、3人だけになったこの場では、子供に戻ったように普段は見せない素の自分で羽目を外して楽しんでいた。
◇◇◇◇◇
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