第41話 失意の中で……

 ◇◇◇◇◇


 そして、勝負のあったその日の夜。


 龍太郎は一人ベッドに横たわり、ただただ天井を眺めていた。

 もうどれくらい時間が経ったんだろう。

 どうやって帰ってきたかも覚えていない。

 やけに天井が歪んで見える。

 今にも天井が落ちてきそうだ。


 音もしない。やけに静かだ。

 時が止まっているのか?

 だけど、心臓の音だけは聞こえている。

 

 あれ、なんだろ?

 感情はないのに涙が止まらないや。

 鼻水も止まらないや。

 俺って馬鹿だよなぁ……。



龍太郎:「くっそー!!

 くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!

 くっそー!!」


 突然、感情が爆発し叫び出した龍太郎。


AI:〈マスター……。〉


龍太郎:「ああ。アイちゃん……。

 俺さぁ。今日失敗してさぁ……。」


AI:〈うん……。〉


龍太郎:「俺さぁ。今まで、こんな気持ぎぼじになっだごと無ぐっでさぁ。」


AI:〈うん……。〉


龍太郎:「夢咲さんにも、申し訳なぐってさぁ……。」


AI:〈うんうん……。〉


龍太郎:「俺さぁ……。」


AI:〈うん……。〉


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった龍太郎は、その後の言葉が出てこなかった。


 過去を振り返っても、言いがかりをつけられたことや、喧嘩になったことは何度もあったが、その時はどんな状況でも逃げずに立ち向かうこと、ただそれだけが龍太郎の中では譲れないことであり、勝負に負けることは大して気にすることではなかったし、後悔したことは一度もなかった。


 それは……今まで〈ぼっち〉だったから。



 それから、また長い時間、沈黙が続いた。

 ずーっと、天井を見つめている。



AI:〈ねぇ、マスター。〉


龍太郎:「あ……ごめん。何?」


AI:〈気持ちの整理に時間がかかるのは、仕方がないよね。

 でも、豪運娘が心配してるんじゃない?

 連絡だけでもしてあげたらどうかなって。〉


 アイちゃんなりに考えて、ここは豪運娘に任せるのがいいのでは、という趣旨であった。


龍太郎:「ああ……そうか。

 でも、なんて言えば……。」


 龍太郎はスマホを取り上げて、ロックを解除すると、ものすごい数のLIMEの受信(通知バッジ)があった。


 そして、LIMEを開くと、そのほとんどの受信がカレンからのもの。(残りは美紅)


 龍太郎は、そのカレンからのメッセージを一つずつ、ゆっくり噛み締めながら確認していった……。



 ◇◇◇◇◇



 その頃、カレンの部屋では。


 天堂くん。どうしたかなぁ?


 カレンは、ずっとLIMEの画面を見ているが一向に既読にならない。


 あー、もう!

 こういう時、どうすればいいんだろう?



 その時、自分で出した大量のメッセージの横に一斉に既読のマークがズララララと並んだ。


 あー!既読来たー!

 どうしよ?どうしよ?


 カレンは部屋の中を行ったり来たりオロオロしていると龍太郎から一つのメッセージが返ってきた。


 〈ごめん。〉


 たった一言。


 それを見たカレンは、すぐにLIME電話のボタンを無意識に押していた。


 ピロピロピロピロ。


龍太郎:『夢咲さん。』


カレン:「あ!天堂くん!」


 繋がった!

 はいいけど、なんて言えばいいんだろ?


龍太郎:『ごめん。俺さぁ……。』


 龍太郎もその続きの言葉が出てこない。


 カレンは涙が出そうになったが、ここはいつも通りに接しようと心に決めて、話し始めた。


カレン:「天堂くん。負けちゃったね。

 でも、大丈夫だよ。」


龍太郎:『本当にごめん。

 俺って……弱いから。』


カレン:「うん。知ってるよ。

 天堂くんは弱いよ。

 そんなの知ってるよ。

 だから、強くなればいいじゃん!

 天堂くんてさ、やられたらやり返すってよく言ってるじゃん。

 だから、強くなってよ。

 俺の辞書にやられっぱなしの文字はないって言ってたじゃん。

 だから、頑張るんだよ。

 あいつより強くなって、リベンジするんだよ。

 そうしたら、きっと空が晴れるよ。

 しょげてる天堂くんは天堂くんじゃない。

 このまま何もしないんだったら、私が天堂くんの鼻の穴に輪っかをつけて、無理矢理にでも引っ張るからね!」


龍太郎:『うわ、それは痛そうだ。』


カレン:「だから、強くなって……迎えに来て。」


龍太郎:『……うん。わかった。

 ありがとうな。夢咲さん。』


カレン:「うん。うん……。」


 逆に励ましているカレンの方が、目に涙が溢れてきた。

 


 ◇◇◇◇◇



 電話を切った龍太郎。


龍太郎:「アイちゃん。俺、強くなる。」


AI:〈うんうん。〉


龍太郎:「今まで以上にがんばる。」


AI:〈うんうん。〉


龍太郎:「やられたらやり返す。」


AI:〈うんうん。〉


龍太郎:「俺、なんか吹っ切れたよ。

 そうだよな。強くなればいいんだ。

 今より、もっともっと。

 馬鹿なのに考えすぎちゃったよ。

 答えはもっと単純だ。

 弱ければ、努力するしかないんだ。

 な!アイちゃん。ありがとな!」


AI:〈うんうん。

 でも、それを言うのは僕じゃないけどね。

 豪運娘に感謝するんだね。〉


龍太郎:「それはわかってる……。

 それじゃ、追加で新しいダンベルでも注文するかぁ?」


AI:〈ねえ、マスター。ダンベルもいいけど、レベルアップだよね?〉


龍太郎:「ああ、そうだった。

 よっしゃ!やるぞー!

 怒りのサイドチェスト!からの〜!

 モストマスキュラーじゃあ!」


 龍太郎は上半身の服を脱いでポージングを取っている。この人、脳筋です。


AI:〈マスター!ナイスバルク!

 仕上がってるよ!仕上がってるよ!〉


 こういう馬鹿の対応も出来るアイちゃん。

 きめ細やかな優しさもあって、本当に優秀なナビゲーターです。


龍太郎:「なんか、急に腹減ってきた。

 プロテインがぶ飲みしたくなってきた!」


AI:〈よし!今日はプロテイン祭りだ!

 マスターの!ちょっといいとこ見てみたい!

 あー、それそれ。一気!一気!〉



 少し元気を取り戻した龍太郎。

 そして新しい決意を持った龍太郎。


 カレンと、また、アイちゃんとの会話の中で、失意の中にでも、消えていなかった小さな火種を見つけることが出来た。

 その火種が火となり、炎となって、龍太郎の心の中にメラメラと大きくなっていった。


 この出来事は、間違いなく龍太郎を成長させるだろう。


 ここまでが、この物語の序章である。

 龍太郎、超ど底辺探検者のプロローグ。


 そして、ここからが本番。

 龍太郎の下剋上人生のスタートだ!(のはず……。)


 ◇◇◇◇◇

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