第37話

 猫を模した電子時計を見る。


 日付は、女王さんに会いに行った日だった。


 朝日が昇りかけた6:00丁度。


 僕は、ベットから体を起こす。


 まるで、今まで夢を見ていたかのような不思議な感覚に襲われる。


 ナニカが落ちる音がする。


 ベットから灰色の物体が転がり落ちたようだ。


 床を見る。


 床には、石が転がっていた。


 砕け、形が悪くなっていたが、僕にはわかった。

 あの猫の形をした石だ。


 僕のお母さんの形見のあの石。


 僕は、いくつかのカケラに別れたそれを拾い上げる。

 軽々と持ち上がったが、とても重く感じた。


 僕はそれを机の上において着替える。


 平日の朝。


 学校がある日だ。


 そろそろ、お父さんがご飯を呼ぶころだろう。


 僕は、私服に着替えた。

 胸ポケットには猫が刺繍されたかわいいTシャツにジーパン。


 ハンカチにあの石を包みズボンのポケットに入れる。


 僕は、静かに階段を降り、玄関に向かう。


「学校は休むのか?」


 お父さんが呼び止める。


「遅れていく!」


 僕は、元気にそう答えた。


 勢いよく玄関を開け放ち、飛び出す。


 僕は、走る。

 第二の僕が生まれた、あの場所に向かって。


 飛び跳ねるように軽やかな歩みで、迷いなくその道を行く。


 スズメや、カラスの鳴き声が気持ちいい。



 茂みをかき分け、森の奥に進む。


 舗装された安全な道ではなかったが、僕にとっては安全な道に違いなかった。


 そこに着く。


 あの大きな猫さんが彫られた岩のある、あの場所に。


 僕は、彼女を呼ぶ。


「女王さん。いませんか?」


 静かな森に僕の声が響く。


 もう、会えないのだろう。


 僕にやさしくしてくれた猫さんたちとお話ができたなら嬉しいが、きっともう叶わない願いだ。


 僕は、ポケットからあの石が包まれたハンカチを出して見つめる。


「ありがとうございました。」


 僕は、頭を下げ、目の前の巨大な岩に背を向けて歩き出した。


 ゆっくりと出口に向かう。


 僕は、もう二度とこの場所に帰ってくることはないだろう。


 最後の茂みを抜けようとしたその時。


 遠くから可愛らしい猫さんの鳴き声が聞こえた。


 この森の奥にはきっと、どこかに自由な猫さんたちのためのお家があるのだろう。


 僕だけが、その事実を知っている。


 茂みをかき分け、森から離れていく。


 少し汚れた服を誇らしげに歩く。



 僕のお家に着いて制服に着替える。


 お父さんが準備してくれたご飯を素直に頂く。


 玄関の扉を開く。


 お家の中に新鮮な風が流れ込む。


 ゆっくりと学校へと向かった。


 これが、僕の日常だ。


 僕の瞳には、素直な光が差し込める。



 あのお家には、お父さんと僕が住み続ける。


 相変わらず、僕の机の上には大切にあの石が置かれている。

 僕以外には、あの石の本当の意味を知る人はいないだろう。


 あの石を見るたびに思い出すのだ。


 あの冒険の物語を。


 今日も僕は、猫さんの群れに紛れて優しく彼らを撫でた。

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ねこのおめめ 冬眠 @touminn

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