第33話

 お母さんは、僕のことを優しい顔で見ている。


 僕が話し始めることを待っているようだ。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


 僕が、緊張を交えながら零す一言に、やさしく答えてくれる。


「体痛いの?」


「すこしね。」


 優しく、微笑みながら答えてくれる。


 僕は、繋がれた点滴を見ながら心配そうにする。


 お母さんは、優しく撫でながら答える。


「でも、あの子たちがたまにお見舞いに来てくれるお陰で頑張れるの。だから、心配しないで大丈夫よ。」


 お母さんは、微笑んでみせる。


 少し辛そうな見た目に反して、その声や笑顔は元気そうだ。


「幸せそうで、よかったです。」


 本心からの一言。


 僕は、幸せそうにするその姿にうれしくなった。


「そうね。息子は可愛くて元気よく育ってくれるいい子だし。あの人も、私に負けないくらい、あの子を幸せにするつもりだろしね。」


 彼女の笑顔はお日様のようだった。


 きっと、忘れてしまったその顔は、僕にはもう向けられることはないと思うと悲しくなる。


「猫さんにお友達はいる?」


「たぶん。」


「お友達は大切にするのよ。もちろん、家族もね。」


「うん…。」


 彼女のまっすぐに見つめるその瞳に僕は押し負けるように、僕は顔を背ける。


「どうしたの?元気がなさそうね。」


 そう言いながら彼女は、頬をぷにぷにと触る。


 なぜかそれが恥ずかしくなって、ベットの端に飛んでいき、体を丸めて前足の隙間から彼女の顔をうかがう。


「かわいいのね。ねこさん。」


「べ、べつに…。」


「よかったら、お名前を聞かせてくれるかしら。」


「アメ…って言います。」


「ねぇ、アメさん私のお話聞いてくれてありがとうね。何かプレゼントしたいのだけど何がいいかしら?」


「プレゼント?」


 僕は、少し悩んで恥ずかしく声を震わせながら一言。


「撫でて?」


「撫でてほしいの?」


「うん…。最後にもう一度だけ。ダメですか?」


 僕は、彼女の顔をうかがうように見上げながら聞く。


「本当にかわいいのね。うちの息子みたいだわ。いいよ。おいで。」


 僕は、ゆっくりと彼女の元に近付いて、頭を差し出す。


 僕は、その優しい手に包まれるように静かに眠りについた。



 ボーっとする頭で声が聞こえてきた。


「あら、白い猫さん。いらっしゃい。」


「どうも。」


「あなたもお話ができるのね。」


「あなたも?」


「さっきまでこの子とお話をしてたのよ。」


「そう。」


 刺さるような視線を感じる。


「この子のこと知ってるの?」


「知らないわ。」


「ねぇ、よかったらこのことを見てあげてくれない?」


「私なんかに頼んでいいの?」


「私にはわかるのよ。あなた面倒見がいいでしょ?」


「よくわからないわね。」


「私って勘がいいのよ?女の勘ってやつかしら。」


 そう言って微笑んでいる。


「じゃあ、あなたは、私のために何をしてくれるの?」


 冷静な鋭い声が空気を刺す。


「まるで、悪魔のようなことを言うのね。」


 泡を割るように優しい笑い声で満たす。


「いいわよ。何が欲しいの?」


「命とかどうかしら?」


「あら、随分と重たい代償なのね。」


 僕は、飛び起きたかったが、なぜか体に力が入らなかった。

 まるで何かに纏わりつかれているかのように


「嫌ならいいのよ?」


「いいわよ。この子が幸せになるのなら。」


「おかしな人ね。やっぱりなし。その子が気持ちよさそうに寝るくらいに気持ちいいものなんでしょ?あなたの手は。」


「どうかしら。」


「じゃあ、これから私がここに来るたびに私を撫でなさい。少しでも気分が悪くなったら無しよ。」


「かわいらしい注文をするのね。いいわよ。」


 彼女は笑っているようだった。


 「帰る時間だよ。」


 きっと、クロさんの声だ。


 僕は寂しくなってニャーと鳴く。


 最後にその猫を見る。


 女王さんの姿がそこにあった。


 僕にやさしく微笑む。


「お別れなのね。またね。アメさん。」


 彼女から最後の一言をもらって僕の体はあの部屋に戻る。


 僕の部屋だ。


 彼女とはもう会えないと思ったせいか、僕は、一粒の雫をおめめから零す。

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