第32話

 過去の僕は、お父さんに連れられて病院にやってきていたようだった。


 にこにこの笑顔で、お母さんに走って近寄る。


「ねぇ、みてみて!!」


「なぁに?」


 お母さんは、優しく過去の僕に話しかける。


「かいた!」


 過去の僕は、自信満々にぐちゃぐちゃの文字で埋めつくされた手紙を見せた。


「ありがとうね。」


「お母さんが、いっぱい頑張れるようにかいたんだ~。」


「そうなんだ~。じゃあ、この手紙を読んでくれるかな?」


「わかった~!」


 過去の僕は、元気よく読んでみせる。

 思い出すかのように、たどたどしく読んでいる。


 自分自身ではあるが、過去のこじんまりとした僕は可愛かった。


 過去の僕が手紙を読んでいるときは、お母さんが優しく頭を撫でていた。

 なぜか、その温かさを僕は忘れていたのだろうか。

 無性に泣きたくなった。


 懐かしむような眼で僕が見ていると、気づけば彼らが帰る時間になった。

 お父さんは、僕が忘れていた優しい顔をした。


 あの猫の僕に対する優しい笑顔より柔らかなその顔は、輝いて見えた。


 お父さんは、小さな僕の手を引き病室から出ていった。



 少しの風の音と、静寂が病室を包んだ。


「猫さん、どこから来たの?」


 窓や、部屋を見渡しても猫の姿はない。


 お母さんのほうを見ると、僕の方をまじまじと見ていた。

 きっと、僕のことだろう。


「僕のことが見えてるの?」


 僕は、ニャーと鳴く。


「見えてるよ?どうしたのかな。猫さん。」


 僕は、驚く。

 ただでさえ、僕が見えていることが驚きだったが、言葉がわかっているようだ。


 驚くまま後ろを振り向くと、クロさんが僕の影に潜り込む。

 僕たちの空間を大切にしてくれたようだ。


「あ、えっと…。」


「こっちに来てくれるかな?」


 僕は、呼ばれるままにベットの上に飛び乗った。


 僕が、お母さんの膝の上に飛び乗り、見上げると優しく撫でてくれる。


 この手の温かみが、優しく僕を包んでくれた。

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