第31話
僕は家に着いた。
馴染みの玄関、馴染みの外装だ。
僕は玄関に向かって歩き出した。
猫の姿にとっては、この玄関はあまりにも大きい。
僕は、あの馴染みの扉をじっと見つめた。
それから、裏庭の木によじ登り、窓から中を覗く。
そこには、仕事に没頭する父親の姿がある。
クロさんは、後ろから黙って僕についてくるのみだった。
僕が毛嫌いしていたお父さんだったが、パソコンに向かって真摯に仕事に取り組む姿を見て、少しの尊敬の念と懐かしさが同時に襲う。
僕は、今までお父さんの頑張る姿を見てこなかった。
一生懸命に生きている姿というものが自身にとって正反対にあったためだろう。
僕は、ニャーと鳴く。
お父さんは、こちらを見て今までにないくらいの優しい笑顔で答えている。
今ならわかる気がする。
あの顔は僕もよくする猫好きの顔だ。
猫について僕はあまり語らなかったが、お父さんも好きだったようだ。
続いて僕は、隣の自分の部屋のほうに飛び乗った。
僕の部屋は換気のためか、窓が開いていて簡単には入れた。
僕は、自分の部屋の真ん中に立ち、思い出に更けた。
ここで勉強をし、ここで育った。
僕の口からニャーという鳴き声が漏れると、部屋の壁紙か一瞬で、変わった。
まるで過去に戻ったかのようなその風景に、少し心が安らいだ。
目の前の扉が開く。
そこから出てきたのは、僕だった。
人間の姿の僕だ。
恐らく、小学生か幼稚園くらいだろう。
猫と同様に可愛らしい。
僕は、見上げてニャーと呼び止めてみるが、こちらが存在していないように見向きもしない。
ボーっとしていると、踏まれそうになった。
よけたが、尻尾が残っていて踏まれてしまった。
感触は何もない。
まるでホログラムの投影を見るように、それは動いている。
僕は、真ん中に立ち直し、彼を見つめる。
小さな勉強机で何かを書いているようだ。
机に飛び乗り、文字を読む。
お母さんにあてた手紙だ。
僕がもう、ほとんど忘れてしまった、あのお母さんにあてて手紙を書いていた。
お母さんは、僕にとっての優しさだった。
何をしてても優しく許してくれて、優しく撫でてくれた。
あの少しひんやりして、優しい手が僕は好きだった。
僕は、当時お母さんが重大な病気だということを知らなかった。
病名も忘れてしまった過去の記憶だ。
毎回優しく僕を迎え入れてくれるが、いつも心配になる気持ちを隠していたことを思い出した。
僕は、一言ニャーと口から漏れる。
そうすると、今度は懐かしの母親の病室に移動していた。
さっき同様、静かにクロさんが見守ってくれている。
病室の扉からは、元気よく過去の僕があの手紙を持って走ってきた。
お母さんは、優しい顔をしていた。
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