第30話

 僕は案内するように、クロさんの先を行った。


 その道は、余りにも見知った道だったが、見える景色はあまりにも視点が低いお陰か、暗く淀んで見えた。


 神社を抜け、舗装された道路に出る。


 僕は、あの日、帰った時に使ったあの道を辿る。


 見知った道だ。

 迷うはずもない。


 普通なら、簡単に歩みを進めることができる。

 だが、今は違った。


 猫になったせいだろうか、その歩みはずいぶんとゆっくりだ。


 それを見ていてもクロさんは、決して急かしたりはしない。


 ゆっくりと、少し後ろからついてきてくれる。


 きっと僕を信頼しているのだろう。

 必要のないくらいに期待を寄せて。


 僕は、逃げてばかりだった。


 好きなことには夢中になれる癖して、逃げたがる節があった。


 目の端で動く自分の鬚(ひげ)に鬱陶しいと思いつつも、歩みを止めなかった。


 きっと、この歩みを止めたり、逃げだしたりしたところでクロさんは、何も言わず任せてくれるに違いない。

 僕が猫だからだ。


 だが、僕は猫であっても人だ。

 自由に縛られている人だった。


 歩みを止めずに進む。


 なぜか、僕は簡単な塀の上なんかに上がらず、舗装されたアスファルトの道を歩いた。


 住宅街の影のお陰でひんやりとした道はなぜか、自分の悲しいという感情が現れたようだった。


 何人かの通行人に会ったが、僕らはそれを無視して歩いた。


 きっと、赤の他人の彼らにとってはただの猫にすぎない僕たちのことを優しく撫でてくれるに違いない。


 それでも、今はそれをされると無性に腹が立つ気がした。


 僕たちは歩く。


 少し、気持ちいいくらいにひんやりとした道を行く。


 僕は、普段なら清々しいと感じるはずの鳥の音も腹が立って仕方がなかった。


 僕の感情は猫というよりもあまりにも人間らしいと気づかされる。


 あと、数十メートルという距離が異常に遠く感じる。


 ぺちぺちという軽い足音を立てて目的地に進む。



 そして、いよいよ着いたのだ。


 本当は、帰宅もなかった思い出も場所。


 僕の家だ。

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