第29話

 また、朝を迎える。


 今日も猫たちは、思い思いの過ごし方を満喫している。


 マルとマダラは、すっかりと僕に懐いてくれた。

 彼らが、朝起きたらゆっくりと歩み寄ってくる。

 僕は、彼らの頭を優しく舐めてあげる。


 空はスズメやカラスなどの鳥たちの声で満たされている。


 遠くから、いろんな猫の交流の鳴き声が聞こえる。


 ドンテンが僕の目の前にゆっくりと歩み寄ってくる。


「よう。随分と大人しくなったじゃないか。」


「ありがとうございます。認めてもらえましたか?」


「だが、最初の頃より楽しくなさそうだな。なんかあったのか?」


 彼は、僕のことを疑って仕方がなかったはずなのに、気にかけてくれる。


「大丈夫です。」


 そう言って、僕は森の奥へと向かった。


 あの猫の大きな石像を見るために。


 僕は、あれ以来ここに来ては心を落ち着かせる。


 無機質な石像はひんやりしていて、気持ちがいい。


 この石像に命はないし、話もしない。

 そこがいいのだろう。


 僕は、ここでいつも愚痴を吐く。


「僕は、どうしたらいいんだろう。」


 家に帰るにしても、居心地は悪い。

 ここに居座っても、クロさんの命が僕の体に重なる。


 僕は、自由を求めて猫になりたがったが、苦悩する。


 僕は、まだまだ感情を合理的に整理できない子供だ。


 それを認めてもなお、決定打がない。



 奥から、クロさんがやってくる。


 少し、いつもより弱々しく感じる。


「クロさん。」


「辛いことを教えてごめんよ。」


「いいんです。僕のためでもあるってわかってるんで。後悔のないように話したことだって…。」


 クロさんは、僕の横顔を舐めて言う。


「一緒に散歩でもどうかな?決意を固めるナニカが見つかるかもしれないし。」


「わかりました。」


 魂の揺らぐ僕の手を引くように、クロさんは前を行く。


 初日に道を案内してくれた時のことを重ね合わせてしまう。


「クロさん。ごめんなさい。」


「どうしてだい?」


「僕の我儘のせいで…」


 彼の足取りは、少し力ない。


 きっと、満月の時が近づいているからだろう。

 僕に女王さんの従者の権限が、移行する日。


 その日に近付くにつれてクロさんは、元気がなさそうになっていった。


 僕は、そのことを知っている。


 クロさんは、森を抜け、あの神社の裏に来たところで立ち止まる。


「君の家(うち)にいこうか。」


「はい。」


 僕は、否定する権限はないと思った。


 僕は、今度は先を歩き、クロさんを家(いえ)に案内した。

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