第27話

 僕が目の当たりにした光景は、数匹の年老いた猫さんたちと、大きくなったクロさんだった。


 そこに流れる空気は、異質だった。


 まるで、野戦病院を見ているかのような不穏な空気が流れていた。


 恐らく死期が近いであろう猫さんたちの群れが、そこにはあった。


 ほとんど寝ているが、衛生状態がいいとは言えない。


 泥にまみれた猫さんや、所々剥げた猫さん。

 綺麗や可愛いという言葉をお世辞にも言えない猫さんたちがいた。


 大きなクロさんが、立ち上がり、僕たちの元にやってくる。


「やぁ、来たかい?」


「おはようございます。クロさん。」


「初めて見たから驚いただろ?」


「正直に言うとそうですね。」


「ここは、お墓なんだよ。」


「お墓?」


「そう。僕たち猫が生きてる人たちから距離を取り、最後に訪れる場所だよ。」


 クロさんは意外にも軽く答える。


 これが、猫さんたちにとっての日常なのだと改めて教えられる気分だった。


「クロさんは、どうしてここにいたんですか?」


「クロは、ここを守ってるんだ。」


 女王さんが、答える。


「守る?」


「ああ、ここには、生きた猫たちが近づいてはいけないんだ。だから、生きた奴らが入ってこないようにしてるってのが正しいな。」


「なんで入って来てはいけないんですか?」


「この衛生環境も理由だが、あいつらに幸せに生きてほしいだろ?」


「そうですね。」


 ここは、もう一つの楽園だったのだ。


 誰もが目を背ける現実を最後に訪れる者たちのための楽園だった。


「クロも、そろそろだしな。」


 ぼそりとした言葉に深い意味があったはずだが、今聞くべきではないと思って、聞けなかった。


「それで、話したいことは何だったんですか?」


「クロ、お前から言いな。」


「わかりました。女王。」


 少しの静寂とともに、クロさんは話し始めた。


「君が猫になるとき、女王から従者になるってこと言われたの覚えてる?」


「はい、楽しみです。」


「覚えてるのなら、よかった。それで、本当に女王の従者になるんだったら、俺は従者じゃなくなるんだ。」


「じゃあ、自由な猫さんですね。」


 クロさんは静かに、首を振る。


「重い話だけど、気にしないで聞いてほしい。」


「はい。」


 僕は、固唾を飲んだ。


「俺は、あの女王の力の込められた石のお陰で生きてるんだ。だから、女王が生きてる限り、俺は死ぬことはないんだ。」


「すごいですね。」


「だが、あの石は一つしかない。従者はあの石を継承することになってるみたいでね。だから、従者を君がするというのなら、あの石は君のものになるんだ。」


「そしたら、どうなるんですか?」


「女王の力も万能じゃない。石が渡ったその時に俺は死ぬよ。」


「死ぬ…。」


「でも、気にしなくていいんだよ?人間より短命な猫になった時から考えると、明らかに多く生きたから。僕は君の気持ちを尊重するよ?だって、猫なんて、自由に生きたもん勝ちじゃないか。」


 クロさんは、笑顔でそう答える。


 この体で生き続ける不安が、僕を襲った。


 クロさんの命を握っている。

 その事実に膝から崩れ落ちそうだった。


 その日僕は、まともな思考を働かせることができず、猫さんたちの集まるあの場所に帰り、眠り続けた。


 夢の世界に逃げていたかったのかもしれない。


 僕があまりにも、子供すぎていたことを痛感する。


 そして気づけば、次の日だった。

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