第15話
その夜、僕は夢を見た。
僕の体は現実とは違って元の人の姿だった。
お気に入りの猫さんの姿はどこかへ消えていた。
退屈な僕の手。
飽きるほど歩いたこの足。
僕は先の見えない草原を歩いた。
草原の先では、真っ白の猫さんが待っていた。
女王さんだ。
「どう?慣れない体は。」
「とても楽しいです。」
「そう。」
僕は、見栄を張っていた。
心からそう思うところもあるが、現実のギャップに溺れている僕がいた。
「女王さんは、もし人の姿になりたかったらなりますか?」
「いいや、ならないね。」
「どうしてか聞いてもいいですか?」
「私も元は人間だもの。」
「え!?!?」
僕は驚きを隠せない。
「この体は昔、私が飼ってた猫の体なんだ。」
「そうだったんですか…」
飼っていたという言い方からして何かを察した。
「私、この子と一緒に事故で亡くなったんだよ。だから貴方みたいに人間に戻れる選択肢なんてないのが現状。」
女王さんは懐かしむような顔で昔話をしてくれる。
「最初こそ、困惑したものの慣れたんだよ。この体に。」
「慣れですか…」
「そう。結局死ぬのも生きるのも慣れないといけないことだらけなんだよ。」
死ぬのも生きるのもという一言に引っかかる。
経験してきたことのように強い発言だった。
「猫の命は九つあるって知ってる?」
「噂で聞いたことあります。面白いですよね。その考え方。」
「本当だとしら?」
「そんなことあるんですか?」
「生き物の中にはそれぞれ特殊な力を持って生まれてくるものがたまにいるらしいんだ。」
「それが女王さんだったんですか?」
「ああ、おかげで私は人だった時を数に含めると五つの人生を歩んできた。」
「辛くないですか?」
「だから、慣れなのだ。死んでも何度もこの体になって生き返る。生きることも同時に繰り返す。幸い、猫の一生はそれほどまでに長くはないがな。」
少し笑って見せるその姿は悲し気に映った。
「私は、この群れの女王になることを決めたのは三度目の生の時だったはずだ。その時の親友がな。死んだんだよ。奴はとてもいい奴だった。あまりにも馴染めずにいる私のことを気にかけてくれたんだ。」
「優しい猫さんだったんですね。」
「ああ。だが、まだ若かった。危険という言葉を知らない奴だったからな。それが悪かったんだ。何でも挑戦するくせに鈍臭いあいつは、ネズミを追いかけた先で泳げない水の中で溺れて死んだ。推測でしかないがな。」
女王さんの顔は涙を隠すように少しのほほえみを浮かべている。
「見つけた時には水に濡れたあいつが、ネズミの餌になってたんだ。見つけた私たちは仕返しに奴らを食ってやった。だが、あいつみたいなやつを私はもう見たくなかった。」
「だから、ここのリーダーになったんですね。」
「いや、正確に言えば、日本に存在するほとんどの猫を統率するまでになった。危険とは何かをしっかりと教えるだけのそんな集合体だから、逆らう人はほとんどいなかったのは嬉しかったがな。」
「すごいですね。」
そこまでの決断と行動力を持って動ける人はいないだろう。
きっと僕が同じ立場であっても涙を流すくらいしか、できることはなかったはずだ。
「すまないが、もう私との時間は終わりみたいだ。」
「残念ですね。」
奥から、クロさんがやって来た。
そして、女王さんと一緒にどこか遠くに行ってしまった。
目の前に深い靄(もや)が現れ僕は目を覚ました。
僕は相変わらず猫さんの姿だった。
猫さんは、生きていくことに苦労が絶えないようだ。
僕が一番に起きたようで皆まだ寝ている。
かわいい寝息を立てる猫さん。
かわいい寝顔で寝る猫さん。
とても僕にとって、癒される空間だった。
僕は、もう一度だけでも彼女に会いたいと思って眠りに着こうとした。
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