第13話
僕たちはしばらくの間、優しい風に吹かれながら町中を散歩した。
僕の描いていた猫さんの日常により近く、理想的な空気だった。
トラさんもルンルンで前を歩く。
蝶々を追いかけたり、虫を捕まえようとしたりかわいらしいトラさんの姿に癒される。
僕はそんなトラさんの姿を横目に、来たことのないこの街の風景に見惚れる。
ただ来たことがない街であるなら、携帯を眺めながら適当に歩くことだろう。
だが、今は違う。
猫さんの姿で猫さんの目線になって観る初めてのこの街は、まるで異世界を練り歩いているかのような高揚感がある。
道を行く通行人も普段なら何気ない風景のはずが、ここでは巨人である。
足元からその姿を覗き上げるとき、僕が本当に猫さんになったのだと自覚せざるを得ない。
トラさんは僕に道案内をしてくれる。
「あそこは、おいしい飯のばあさんのお家。」
「あそこは、おいしい飯のじいさんのお家」
などといったごはん情報がメインではあるが、たまに、綺麗な場所や、見晴らしのいい場所を教えてくれた。
遠くで小さく枯れ葉をくしゃりと踏む音がする。
トテトテと何かが近づいてくる音だ。
トラさんは急に立ち止まり、耳を澄ませる。
トラさんから異様な雰囲気が漂う。
ピリつく空気の中、側溝から茶色い塊が飛び出る。
鼠だ。
今までの陽気な雰囲気とは異なり、そこに存在するただの石ころのように静かになる。
トラさんに声をかけたいが、その爪の先が僕に向きそうで怖い。
トラさんの目の前に飛び出したネズミは、ゆっくりとした歩みだったものから速まる。
トラさんもそれを察知して、後を追った。
トラさんの足音はあまりにも静かで、風がトラさんを運んでいるかのようにスムーズにそのネズミの元へと駆けていった。
トラさんを遠くに感じたと思うと、ゆっくりと僕の元へと戻ってきた。
口元には、あのネズミが咥えられている。
鼠は、びくともしない。
トラさんは口元から少し血を垂らしながら僕の目の前までやってきた。
「食うか?」
ぼとりと落とされたその塊に何とか驚きを隠そうとする。
「い、今はお腹すいてないので大丈夫です。」
とっさに言い訳をする。
「そうか、ならこいつは全部食べちゃうよ。」
そう言って動かないそれをゆっくりと確実に食べ始めた。
僕は猫になったのだ。
昨日の夜食べた蛇は生きたとことを見ていなかったからまだ食べれたのかもしれない。もしくは、疲れていたから。
しかし、今トラさんが熱心に口に運んでいるそれは、さっきまで生きていた。
元気に走っていたのだ。
美味しそうにいただくトラさんの表情は、なぜか恐怖するものがあった。
僕は、トラさんがするように、いずれは自らの手で彼らから命を頂かなければならない。
トラさんは優しいが、きっとすべての面倒を見てくれるほどじゃないだろう。
今は気に入っているが、その気分次第でかわいげのある猫パンチ以外のものが飛んでくる可能性もゼロじゃない。
トラさんが無心になって食べ続けている。
そのおめめはやはり野生そのものだった。
ただかわいいと言ってしまえばいいが、同じ目線に立つとこうも変わってしまうのか。
僕は、この体に少しだけ恐怖した。
トラさんが小さく水気のある音を立てながら食べていると、二匹の猫の声がした。
マルとマダラがやってきたのだ。
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