第5話

 その夜、僕は夢を見た。

 猫さんの夢だ。


 開けた野原にそよ風が吹く。

 遠くに一匹の真っ白の猫さんがいた。


 僕はその魅力にひかれるようにゆったりと歩みを進めた。


 途中その猫さんが僕の存在に気付く。

 じっと静かに見つめている。少し悲しそうなおめめをしていた。


 近づき、手を差し伸べる。

 顔を僕の手に一度擦りつけたと思うと。じっと僕の顔を見つめる。


「君は何でここに来たんだい?」


 いきなり声がする。話し手はどこにも見つからない。


「私はここにいるよ。下をご覧。」


 優しい声の主を探すように下を見つめる。真っ白の猫さんしかいない。


「もしかして、猫さんですか?」


 正解と言いたげな顔で僕を見つめ、微笑む。


「ああ。」


 いままで、猫さんたちとお話をしたかったが、叶わなかった。そんな思いを募らせ、やっとのことで叶ったこの瞬間に僕は感動した。


「猫さんが僕のことを呼んだんじゃないんですか?」


「私は何もしては…」


 言葉が途切れる。


「もしや、君は何か拾わなかったかい?」


「拾う…。あ、確かに、変わった石を拾いましたよ。」


「どんな石だ!?」


 急に慌てる。


「猫さんみたいな形のかわいらしい石でしたよ。とても素敵な贈り物でしたね。」


 僕は満面の笑みで答える。それと正反対に真っ白の猫さんは、みるみる表情が変わっていく。


「いいかい?君は今すぐにでもその石を私に渡しなさい。」


「ど、どうしたんですか?」


「君は聞かなくていい。ただ渡すだけでいいんだ。」


「でも、ここにはないですよ?」


 真っ白の猫さんは、そのかわいい肉球を顔に当てて悩みこんでいる。

 かわいい。


「ならば、この夢から覚めたら、すぐにでもあの石を神社の裏にある猫の石のところに返しに行きなさい。」


「もし、行かないとどうなるんですか。」


「猫になる。」


「僕がですか!?」


「ああ。」


「やったぁ!!!」


「やったぁ?猫になったら、もう人にはなれないんだぞ。一生元の姿に戻れず、誰にも言葉が伝わらず、辛い思いをするようになるんだぞ!?」


「願ってもみないことですね。こうして猫さんたちとお話ができる機会が増えると考えたらとても楽しみです。」


 真っ白の猫さんはあきれた表情を示した。


「君がよくても私が困るのだ。」


「どうしてですか?」


「君が猫になると私の従者になることは決まっている。」


「貴女といっしょにいられるんですかぁ!?」


「話は最後まで聞きなさい。もう、私の従者は一匹おる。あの一匹でも手一杯なのに、もう一匹増えるとなると私の苦労が絶えない。私たちのような猫種をこよなく愛すならわかってはくれないか?」


「従者ってあの黒い猫さんですか?」


「ああ。あいつは、行き倒れていたところを私が猫として迎えたのだ。あいつの場合は、帰る場所もすでにないと言っていたから、まだよかったものの君は違うだろ?」


 少し黙ってしまう。

 僕には本当に帰る場所があるのだろうか。


 刺激のない毎日のうち、唯一うれしい刺激と言ったら、猫さんくらいのものだ。

 ほかに興味を示さない僕が悪いと言われればそうなのかもしれない。

 しかし、惹かれるものと言ったら、そのくらいしかないのだ。


「わかってくれただろう?」


 僕は無言で首を縦に振る。


「よろしい。では、この夢から覚めたら、すぐにでもあの場所に私に来なさい。」


 そういうと、急に霧が発生して、靄(もや)の中に真っ白の猫さんは消えていった。


 そして、目が覚めた。


 釈然としない気持ちのまま僕は石を握りしめた。

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