第4話

 目を丸くするほどの大きさの猫さんがそこにいた。

 確実に僕よりも大きい。猫さんというよりライオンやトラのようなネコ科の動物というほうが適切かもしれない。しかし、クマと言ったほうが正しいかもしれないほどの背丈があった。大きさゆえの威圧感はあるものの、かわいげがそこにはあった。間違いなく猫さんだ。

 その体からどこからが影なのかを確認しにくいほどの黒い猫さん。まるでブラッドムーンを埋め込んだように赤く魅了されそうなおめめ。風になびく毛並みは、触り心地が良いといわんばかりの柔らかさで風を感じている。


 動揺を紛らわすかのように、その猫さんに手を伸ばそうとする。


あわよくば撫でたい。


 黒い猫さんに、手を伸ばすと、足元から真っ白の猫さんが、黒い猫さんのところに駆け寄って頬ずりした。その光景にうっとりとした。目を奪われ大事なシャッターチャンスを逃してしまう。

 二匹の猫さんがこちらに目を向ける。

 そのおめめが並ぶことで、大きな二つの満月がそこに存在するようでとても綺麗だった。

 僕の心の奥まで見透かすような綺麗なおめめは異質さが漂う。


「なにかな?」


 恐らく、ぎこちの無い笑顔とその少し震えた声で、僕は敵意がなく、友達になりたいという意思を表示して見せた。

 真っ白の猫さんが、にゃぁ~と鳴く。まるで、僕に怖がらなくていいと言いたげなほどにやさしく丁寧に。そして、微笑むように首をかしげる。

 続けて黒い猫さんが何か言いたげに見つめ。大きな声で鳴く。


「にゃぁ~お!」


 鳴き声が風を読んだ。

 さっきまでのそよ風が嘘のように強い風が吹く。普通の大きさの猫さんでも、少し吹き飛ばされてしまいそうなほどの暴風が吹き荒れる。

 思わず自宅の塀にしがみつき、目を閉じた。


 再び目を開けると、そこに二匹の猫の姿はなかった。

 そこにあったのは、一つの石だった。猫さんの形と言われたそうだというかもしれないいびつな形の石。きっとあの子たちからのプレゼントか何かだと思い、拾い上げて家に入る。


 いつものように先に疲れを癒すために、浴室に向かう。

 綺麗な制服を洗濯機に放り投げ、ふたを閉める。蓋の上には、用意した服とあの石を置く。


 浴室に備え付けの鏡に自分の体が映し出されている。そこには、左胸のあたりに小さく肉球の跡があった。背を向けると、今度は、背中いっぱいに広がる肉球の跡があった。まるで、あの猫さんたちが僕に目印を付けたみたいにしっかりと跡がついていた。


 体を洗い流し、少し温まると、楽な服装に着替え、お父さんに自分の背中を見せた。


「ねぇ、何かついてない?」


「何もないけど、どうした?」


「そう……。」


「また猫に引っかかれたなら、消毒しとけよ。」


「はぁ~い。」


 お父さんの話を適当に聞き流しつつ自室に戻る。


 恐らく僕にしか見えない印ということだろう。

 僕は、少しだけうれしくなった。その喜びの反動に任せて、今日出されたはずの、提出課題を書き終える。


 いつも通り、うるさいお父さんの声で、呼ばれる。


「ごはんだよ。」


 晩御飯ができた。

 今日は、野菜炒めと、麻婆豆腐、ご飯といった。一か月には、一度は登場する。僕の家の定番メニューがそこにいた。

 終始ほぼ無言で、食事を済ませ、食器を洗い始める。


 お父さんと僕しかいないこの家で、いつも静かに食事は終わる。

 おいしいご飯を毎日のように作ってくれるお父さんに感謝の気持ちはあるが、口に出すことはない。


 カチャカチャと食器を置き、自室に戻る。


 微かに暗闇の奥で、かわいい猫さんの鳴き声が響いた。

 あの鳴いてる猫さんが、さっきの猫さんたちならと思うと、少しだけうれしく思う。


 布団にもぐると、窓の隙間から、猫さんの影が見えた気がしたが、眠気に負けて眠ってしまう。

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