第3話

 学校に着くなり夏は先に教室に向かうといい、そそくさと行ってしまった。

 僕は、校門前の番犬ならぬ番猫というにふさわしいくらい顔馴染みの三毛猫さんをなでた。顔周りの短く少しやわらかい毛を堪能した後、背中をゆっくりとさする。

 まるでそれが当たり前かのように文句ひとつ言わず、自分の顔を洗っている。

 僕が手を止めると、もっと撫でてほしいといわんばかりに小さくニャァと鳴く。


 その可愛さに僕は満面の笑みであふれかえった中、チャイムが鳴った。おそらく、授業の始まる五分前を知らせるチャイムであるはずだ。


「ごめんね、猫さん。もう行かないと。」


 悲しみの別れをゆっくりとなでながら堪能した後、大急ぎで、教室に駆け込んだ。これこそいつも通りの日常だ。


 息を荒げて、僕は、教室についた。いつも通り、チャイムが鳴っても気にしない同級生の雑音が教室中に広がっている。息を落ち着かせるように、席に着いた。カバンから、分厚い猫さんの写真集を取り出し、口元を緩ませて、先生が来るのを待った。


 ガラガラと前の扉が開く。その瞬間に、教室が静まり返った。番犬のように、怖い担任の、塚本(つかもと)先生が、入ってきたのだ。暑苦しいうえに、厳しい性格の塚本先生は、猫さんのようにのほほんと暮らしたい僕にとっては、あまりにも合わない先生と言っても過言ではない。


 今日も他愛のない朝のホームルームが終わり、一限目が始まろうとしていた。一限は、現代文の時間だ。僕にとっては少しうれしい時間だ。

 現代文の、名取(なとり) 静(しず)香(か)先生は、たまに猫のグッズを持ってきてくれてとても好感が持てるよい先生なのだ。疲れた生徒がいても起こすことはないし、比較的若い先生でもあるため、他の生徒からも相談を受ける頼られる先生だ。僕もたまに猫さんのお話を気持ちよく聞いてもらえるからとてもうれしくなる。


 名取先生の現代文の朗読で、満足して寝ていると、気づけば、休みの時間だった。眠気が、取れないまま、二限からは、起きてはいるが、意識がはっきりしないうとうとしながらの授業が続いた。


 お昼になり、購買で、猫さんのかわいいパンを見つけて上機嫌になりながら、二、三個のパンを追加で買い、学校の猫さんの集会に混ざりながら、ご飯を食べた。


 ここの猫さんたちは、もう僕になれてくれたらしい。最初は、すぐに逃げたり、威嚇されたりしたが最近やっとのことで、認めてもらえた。

 猫さんを足元や両脇に感じつつ、さっき買ったパンをベンチでハムハムと食べた。僕は、口が小さいために、食べるのに時間がかかるタイプだが、猫さんたちと共に過ごすこの時間があるので、最近は特に気にならないどころか至福の時となっている。


 食べ終わると購入した時の袋に小さくまとめカパンに収めた。ついでにカパンから、猫さんの写真集を出し、猫さんをなでながら、次のチャイムが鳴るのを待った。

 猫さんをなでていると毎回、ふわふわな毛の子もいれば、少し硬めの毛の子もいて猫さんをバイキング方式で撫でられる贅沢に浸ってしまう。


 癒されていると、写真集の隙間からふと猫さんの中に、見覚えのない猫さんがいることに気づいた。


 まるで天から遣わされたかのような真っ白の毛に、黄金に輝くおめめ。佇まいは、まるで、貴婦人のように凛と自信に満ち溢れていた。


 手を差し伸べてみると、そっぽを向いてどこかに行ってしまった。

 本当は、ここで後を追って撫でさせてもらいたいのだが、ここでチャイムが鳴って断念した。


「ごめんね~。猫さん。行かないと……。」


 ナァ~と、残念そうに、鳴かれて、僕はもっと泣きたい気持ちになったが、堪えて、教室に戻る。


 教室には、歴史の田中先生がすでに準備を進めていた。どこにでもいる、こじんまりしたおじいちゃん先生だ。少し小太りで、ところどこ白髪が生えている。丸くなった背中は、少し猫さんのようでかわいい。


 先生の映像を見るだけのゆったりとした授業を聞いていると意識が遠のき気づけば、放課後まで時間が進んでいた。

 寝すぎたと思いつつも眠い目を擦って、帰路に着く。


 部活に所属していない僕は、何も放課後に用事はないため、まっすぐ帰ることにした。

 今日は、あの真っ白の猫さんのことが忘れられなくて、昨日行った猫さんの集会に行くことをすっかりと忘れていた。


 家に着くと玄関にあの真っ白の猫さんがいた。


 近づくと、触るなと言いたげな声で、ニャァと鳴かれた。

 やはり、見た目がかわいいと、鳴き声もよりかわいいようだ。


 もう一度その猫が、ニャァと鳴くと、背後に大きな影ができた。

 後ろには、僕よりも大きな黒い猫さんがいた。





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