12.千夏
わたしは、昼間隣のS市でエステティックサロンに勤務、夜は隔週末にこの温泉街でコンパニオンのアルバイトをしている。容姿端麗なのを買われ、観光パンフレットのモデルをしたこともある。
S市生まれで、父の転勤で小学五年生の時、この街に移り住んだ。
ひと学年十人にも満たない小学校で、転校してしばらくは馴染めず、ずる休みを続けることもあった。
そんなわたしを救ってくれたのが、この地方の郷土芸能である神楽だった。
初めは、その笛の音に魅せられた。ぴーひゃーら、ぴーい、ぴーひゃらら、ぴーい、ひゃらららー、ひゃーららあららー……
茶髪の女の子が奏でる、透き通った音色。巫女さんのような白衣袴にも憧れた。
六年生の春、親にせがんで笛を習い始めてからたちまち習得し、秋には神楽団に所属して初舞台を踏んだ。
さらに、ある女性メンバーが舞う、天宇津女を観て、自分も舞いたいと思い、姫役で舞うようになった。「大蛇」の奇稲田姫を得意とし髪を伸ばした、その可憐な演技で、大人は舞えないと言われた。大蛇におびえ、足名椎、手名椎の老夫婦に気を配りながら、須佐之男命が闘う姿に頼もしさを覚える、そんな役を繊細な動きで表現した。
高校まで団に所属していたが、卒業後、広島市内の専門学校に進学し、退団した。帰郷して今の仕事に就いてからは、神楽団からの誘いを、仕事とバイトで時間がないため、断った。
還暦の宴会、手馴れたものだ。
東京から来るという娘さんに、早く会いたいと思った。
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