深雪から英二郎への手紙

 前略


 義隆の死について、わたしが調べたことをお伝えします。ご迷惑でしょうが、あなたしか、伝える方がいないのです。

 平成14年、11月9日に義隆が美川で、水死体となって発見されました。

前日、義隆は散歩に行ってくると言って家を出たきり、夜遅くになっても帰って来なかったため、警察に捜索願を出していました。たまたま、釣り人が、水に浮いている義隆を見つけたのでした。

 溺死で、事故によるものとされました。

 なぜ、釣りもしない義隆が、なぜこの時期に川に行って、泳げないわけでもないのになぜ川で溺れ死ぬのか、不自然ではないか。わたしは、考えたくないけれども、自殺を疑いました。遺書などは何もなかったですが。

 それまで、義隆の様子に特別心当たりはありませんでした。家では、学校のことはほとんど話さない子供だったので。いや、何かサインを出していたかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうでした。

 同級生が、義隆の頭髪の薄さをからかって、ハゲちゃんと呼んでいたのは知っています。しかし、明るい義隆は、むしろそれをトレードマークにして、クラスで人気者だったようです。

 家では、寡黙でしたが素直で母を大事にしてくれるいい息子としかおもえませんでした。母子で喧嘩したことなど一度もなく、この子には反抗期がないのかと思ったくらいです。

 わたしは、学校で何か自殺の原因になる出来事がなかったかと、校長や教育委員会に問いただしましたが、調査すら行われませんでした。

 岡山に移ってから、卒業生名簿を見て当時の同級生18人に連絡を取り、自殺の原因を調べました。

 皆、口を揃えて、篠原君はいつもマイペースで、自殺するようなタイプとは思えない、と言いました。

 しかし、何度も尋ねたところ、6月、大阪に住んでいる体操部員、福田の証言を引き出しました。

 体育教師、高山が、義隆が死ぬ数日前、鉄棒が出来ない義隆を指して、「面白いのがおるぞ」と、みんなの前でやらせ、「わしゃもう大儀になった。おい、福田、こいつに鉄棒教えてやれ」と言ったというのです。

 さらに、一番仲の良かった、愛知に住む磯山が、「高山の奴、恥をかかすのう」と言ったら、「死んでも忘れん」と義隆が言ったことを覚えていました。

 わたしは、承諾を得て、これらの発言を録音していました。

 美川町教育委員会に提出するつもりです。


 乱筆乱文失礼いたしました。

                                草々


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