病棟の裏の犬たち

 老婆は平均して日に二十四度失禁するため、同居する家族から忌み嫌われており、息子の海外への転勤に際して、息子の嫁と孫娘も共に移り住むこととなり、家族にとって、捨てる口実のできた老婆は、否応なしに、信じ難いほど窓の少ない病棟に入らされ、その途方もない採光性の低さは、初日、建物内に足を踏み入れた老婆が、膝を震わせながら最大量の尿を漏らすほどに圧倒的であった。夜間においても、節電のため、電気照明の類は総じて切られており、朝から晩まで到底、常人には耐えきれぬほど暗く、患者たちはみな、気がおかしくならぬよう、病棟で唯一の大きな窓のある大部屋に集まって、窓から外を眺めるのであったが、窓からは、なにもない草原の真ん中で、薄く切った赤身の肉の、それぞれ両端に噛みついて、吠えもせず、ただ無言で、綱引きのように肉を引っ張りあっている、プードルの兄弟しか見えず、それを見ていると、理由はわからないが、皆一様に、とてつもない絶望感に襲われ、精神を病んだ患者が五人自殺した。老婆は、看護師の中年の女に、電気を点けるよう訴えたが、病棟で節約された電力は、上海の造船所へ送られ、巨大なクレーンを動かすための動力源として使われており、したがって、その分の電気をここで使うわけにはいかぬので、看護師は、老婆を無視した。その日の業務を終えた帰り、看護師は、ゲームセンターに立ち寄り、百円を投じると、猿の人形が電話ボックスの模型に入っていき、五分待って出てこなければ景品が貰えるといった仕組みの、モンキーズロングコールという名のゲームに興じたのであったが、何度もやっているうち、電話ボックス内の猿の音声が小さく流れているのに気づき、耳を澄ますと、チャペルでの挙式はどうしても費用がかさむだのと話しており、どうやら、猿はウェディングプランナーという設定らしかった。十度目でようやく成功し、景品として、白抜き文字の書かれた紙が複数枚出てきたので、看護師は店員にこれは何かと問うと、その、眼鏡をかけた若い男の店員は、これは文字の塗り絵だと答え、線の内側にクレヨンで色を塗る仕草をするのであったが、看護師は、それは文字に色を塗っているだけであって、塗り絵とは呼べぬと主張し、店員は面倒であったので、何も言わなかった。翌日、出勤してきた看護師は、病棟内が騒がしいので、夜勤の同僚に何事かと尋ねると、また自殺者が出たらしく、訊けば、昨夜無視した老婆であり、辞世の句を残して縊死したといい、中年女は、句の書かれた紙片を渡されたが、老婆の残した句というのが、一度ローマ字で書いたのち、Aはジャムパン、Bはメロンパンといったふうに、全てのアルファベットを対応するパンの絵に置き換えた、前衛的かつ挑戦的な作風であったため、それを受け取った中年女は、薄気味が悪いと思い、執拗に破いてからごみ箱に捨てた。

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