水菜・送電・回し蹴り

三谷

中村、その男の生き様

 中村は繊細な折り紙を折るよう頼まれ、拒否した場合、高温の煙に焼かれるというから、これはなんとしても避けたく、不本意ながら、金魚や紫陽花などの繊細な折り紙を折っていたのだが、あまりに下手だったので焼かれて死んだ。その映像が定食屋の天井隅にあるテレビに映しだされたとき、店は無人であり、その数分後、常連の老夫が昼飯を食いに来店した際には、既に映像は地上波放送の動物番組に切り替わっていたために、誰も中村の死を知ることはなかった。その、流れだした動物番組は、子犬の愛らしさでなく、小ささ、にフォーカスしており、若い男女二人が様々な犬種を紹介し、それぞれの子犬を、グラミー賞の蓄音機を模したトロフィーの大きさを基準に、それよりも小さいか大きいかを判断し、二つのグループに仕分ける、といった内容で、その斬新さに、定年退職後の単純な生活パターンに慣れきっていた老夫の脳は情報を処理できず、老夫はあやうく卒倒しかけ、定食屋は民家の一階を改装したものだったので、裏の厨房もしくは二階にいるであろう店主に助けを請うべく、おーい、と叫ぶと、階段を小走りで下りてくる足音が聞こえ、老夫は安堵したが、カウンター奥の玉すだれから出てきたのは店主でなく、チェーンソーを持ったピエロで、当然、恐怖を覚えて然るべきなのだが、老夫は先ほどの混乱で視界が混濁しており、また元来の老眼も相まって、赤と白を基調としたピエロの風貌が、巨大な鯉のように見えたので、風情があるなあと思った。ピエロは老夫の前で立ち止まると、はっきりとした声で、岩塩でできた皿、と言って、老夫は意味がわからなかったので困惑して黙ったが、ピエロは気にも留めぬ様子で、食器でありながらにして、調味料の役割も果たす、と続けて、そのまま普通に店から出て行った。天井隅のテレビにはまだ先ほどの番組が流れており、トロフィーより大きいと判断された子犬の入った方と、小さい子犬の入った方、二つの巨大なケージが採石場のような広大な敷地の中心に置かれていて、大きい方の子犬のケージを、灰色の作業服を着た色黒の男たちが大型トラックの荷台に積み上げると、トラックは信じがたい速度で走り出し、二十秒程、さらに加速しながら走りつづけ、画面の中で小さくなっていき、ほとんど見えないくらい遠くなったとき、切り立った巨大な岩山に思い切り激突して爆発した。老夫はそれを見てまた意識が遠のき、喉が締まって呼吸が苦しくなり、暑さに耐えられず着ていたTシャツを脱いで放り投げたが、偶然にも投げた先に小ぶりな十字架のペンダントがあったので、その十字架が覆われることになった。それから、店に入ってきたクリスチャンの男が十字架を探したが、老夫のTシャツに隠れていたので見つけられなかった。

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