仮面(仮)

反田 一(はんだ はじめ)

仮面(仮)

「俺は天才だ!」

ついに仮面ができた。

さっそく装着する。

いっけん景色は何も変わってない。

一人しかいない部屋の中では当然そうなるだろう。

自室を出て居間へ移動した。


居間へ入った瞬間に目に飛び込んできたのは、二体の異形。

片方はタコのような見た目をしている。

ただ、紫色なので、グロテスクさに拍車がかかっている。

おまけに、肌の表面から群青色の体液が流れ出ている。

もう片方は、トマトのような赤色の頭部だ。

こちらは、かろうじて人型を保っている。

だが、身体が恐ろしく細い。

関節も人体のそれとは思えないくらい数が多い。

「よし!成功だ!」

僕は叫びながら自室へ戻った。

「※>?@#$※~#*」

タコが何かしらの音を発したが無視した。


これはもう実践も行けるのではないか。

善は急げだ。

さっそく出かけよう。

ジャケットの袖に腕を通しながら玄関を出た。

電車に乗り、街を目指す。


「人間は皆似たような形をしているからダメなのだ」

人間は多用な価値観を持つ生き物。

これは誰もが知っている常識だろう。

だが、実際にはどうだ。

他人の価値観を認めず、自分の価値観を他人に押し付けているではないか。

なぜか。

それは、人間が皆似たような見た目をしているからではないか。

相手が自分と似た外見をしているから、相手が自分を理解してくれるのではないかと期待してしまう。

自分のことを分かってもらえると。

そんなことはないのに。

だから、いっそ他人を同じ人間として扱わなければいい。

この仮面は見た者の外見を変える。

ただ変えるだけではない。

その人物の波長は色を読み取って、装着者と合うものを美しく、合わないものを醜く見せる。


電車から外を眺める。

電車の扉の窓にうっすらと仮面を被った自分の姿が映っている。

そう、他人に期待はしない。

だが、話の合う他人は見つけたい。

それを叶える仮面なのだ。


「まったく」

街に着いて一時間後、街の中心が見渡せる歩道橋の手すりに寄りかかりながら、俺は呟いた。

「百鬼夜行じゃないんだからよう」

目的の駅に着いたとき、10月31日のスクランブル交差点は賑わっていた。

そして、仮面を被った俺も街に溶け込んでいただろう。

最初こそは意気揚々と闊歩していた。

街は異形だらけだった。

八本足、一つ目の鬼、鵺(ぬえ)のようなあべこべな異形。

色とりどり大小も様々の大進行。

歩き始めて数分で気分が悪くなった。

変化しているのは見た目だけのはずだが、その見た目の醜さに即した匂いまで漂ってきそうなほどだ。

仮面の出来が素晴らし過ぎる。

やはり俺は天才だ。

吐き気を催しながらそう思った。


さらに一時間が過ぎたが、状況は変わらない。

相変わらず異形による闇鍋(やみなべ)状態だ。

もうこれ以上粘っても無駄だろう。

やはりこの場所がいけなかったのか。

仮面が目立たないことを優先してこの場所この日を選んだが、考えが甘かった。

これは再度、熟考の必要がある。

俺は帰途についた。

違う、これは失敗ではない!

最終的に成功したら失敗ではないのだ!


家に着いた。

身体がずっしりと重い。

出発するときの興奮はすっかり消えてしまっていた。

自室の部屋のドアを開ける。

その瞬間、目を見開いた。

目慣れた部屋。

だが、部屋の真ん中にありえないものがあった。

女性だ。

こちらに向かって微笑みかけている。

今まで見たことのない美しさの女性が佇んでいる。

しかも、一糸まとわぬ姿でだ。

ただ、あまりの美しさに邪な情動も湧き起こらない。

俺は歓喜した。

やはり俺は天才だった。

俺に不可能はない。

時間が経つにつれて、先ほどは湧き上がらなかった情動が芽吹き始めた。

これはもしかして夢じゃないか。

俺は目を瞑って目頭を押さえようとした。

カツン。

だが、指は仮面の硬い表面によって遮られた。

そうだった。

まだ仮面をしたままだった。

何はともあれすぐシャワーを浴びよう。

異形どもと同じ空気を吸った服のままなのは耐えられない。

また、これから行われるかもしれない神秘的な生命の営みの前に身を清めなくてはならない。

僕は仮面を外した。

改めて指を目頭に持っていこうとして異変に気付いた。

さっきまで彼女が立っていたところに何もない。

彼女が消えていた。

俺は慌てた。

俺の成功者としての証明だ。

なんとしても彼女をまた見つけなくてはならない。

ふと、気配を感じた。

それは彼女の立っていた足元から感じられた。

俺は目の焦点を合わせ、目を凝らした。

いた。

彼女だ。

彼女の肌の表面は綺麗でつるつるしている。

だが、さっきとは違い黒い光沢だ。

何より今度の彼女には触角があり、その二本を空間にゆらゆらと漂わせている。

周囲の気配を窺っているようだ。

俺は、固まった。

壁に掛けた時計の秒針が3回鳴ったのが聞こえた。

ふと我に返った。

自分の右手の仮面と彼女をゆっくりと見比べる。

そして、俺は、仮面を彼女の上からそっと被せた。

俺はベッドに背中から沈み込んだ。

俺は、考えることをやめた。





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仮面(仮) 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru

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