第19話

レイチェル・ウルズ(姉:次女)視点


今日は仕事が早く終わったので、コーヒーハウスの焼き菓子をロイズへのお土産に買って帰ろう。


あの時、ロイズが焼き菓子を一口口に入れたら目を見開き、リスかハムスターのようにほっぺたを膨らまして一生懸命に食べていたのを思い出す。

あの後、私やジェニカ、母さんにまで、また行ったときでいいので買ってきてくださいと頼んでいたのを思い出したので買いにきた。


コーヒーハウスという場所は働く女の社交場であり、女同士が新聞の話題を話したり、ギャンブルや投資の話をする場所なので、男は入店禁止であり、ロイズは入れないのだ。

私達が何かの折にこうしてお土産として買って帰る時だけ、彼はコーヒーハウスの商品を口にすることができる。


ロイズは私達がお土産を買って帰る度に蕩けるような笑顔でお礼を言ってくるのだからたまらない。


私からしたらロイズが作るクッキーの方が美味しいと思うのだが、ロイズの笑顔を見るためにはしかたのない投資だ。


傍からみたら、私は偉丈婦の淑女には似合わないだらしない笑顔を浮かべていることだろう。


コーヒーハウスに入るとそこには友人のローズが1人で美味しそうなスコーンとコーヒーを前に難しい顔をしていた。


「おや?新進気鋭の副組合長様が何を難しい顔をしているんだい?」


ローズはその声で私に気づいたのか、こちらに顔を向け、

「ちょうど良い。君の可愛い弟にも少し関わることだ。話を少し聞いてくれないか?」


そう言ってローズは向かいの席につくよう促す。


「なんだか穏やかじゃないね。では、私にもコーヒーと今日のおすすめのケーキを、後、持ち帰りで焼き菓子を頼む。」


私は、コーヒーハウスの店員に注文を頼み、ローズの向かいの席に座る。


程なくして私の注文の品が並べられた後、ローズが話しづらそうだったので、私から問いかける。


「それでローズ、君を悩ませるのは、アキ組合長か?」

ローズは静かに首を振り、否定を表す。


「いや、私も初めは彼女を厄介者だという認識で、お飾りにしようと思っていたのだが、彼女の仕事振りをみると、多少、ロイズ君に関して嫉妬深い所があるが、基本的には職員には公平に対応するし、転生前に経理関係の仕事をしていたというだけあって経営の仕組みを良く理解している。今まで見てきたどの組合長よりもしっかりしているよ。」 


「じゃあ、ロイズが貴女の悩みの種か?」


ローズは首を横に振り、

「ロイズ君も良くやってくれている。仕事振りは真面目だし、どんな雑用でもこなすし、人当たりも良い。何よりアキ組合長とは婚約者と言っても良いのに、そのことを鼻にかけない。アキ組合長の嫉妬に対しても、上手く受け流して、仕事を停滞させない。この前、ロイズ君が詐欺師のような女旅商人に声をかけられているのを見て組合長が嫉妬に駆られていたのだが、ロイズ君が組合長に上手く話しを合わせてね。丸く治めていたよ。」


「聞いていると順調そうだが?」


「まぁ、ロイズ君が入って、組合職員も男性を意識するようになってね。まぁ、わかるだろう?学校の中等部で、初めて男子学生とあった時みたいな感じだよ。」


「あぁ。まぁ、私はロイズがいたからほとんど気にならなかったが、初めて男子学生が講堂に入ってきたときには確かにときめいたな。」


「それが組合では、ロイズ君が出勤するたびに起こると思ってくれ。ゴリラの群れにバナナを見せたようなもんだ。そんなこんなで、女性組合職員のロイズ君も含めて全ての男性商人への対応について頭を悩ましているんだ。」


「確かに、女は基本的には男を下に見ていて、軽んじている輩もいるし、男性を自分達の飾りか何かのように思っている輩もいるし、男性への卑猥な視線を向ける輩もいるし対応は難しいだろうな。」


私がそう言うと、ローズは頷き


「女の考え方を変えて行かなければならないのもそうだが、男性にも意識改革を促して自分達は女性の愛玩動物ではない。女性の後ろをついて行けばいい、何て考え方は止めて、一人の人間として人生をどう生きるか、よく考えて人生設計をしてもらいたいね。」


ローズは頷き私の意見に賛同を示す。


「男性からしてみれば、女社会に飛び込んで仕事をするということは厳しいこともあるだろう。

男性に対して、配慮はするが、甘やかしては、人間として成長しなくなってしまうと私は思っている。だからと言って、男性を下に見て自分達の意のままにしようという考えは間違っていると思っているがね。」


私はローズの意見を聞きやはり、こいつにロイズを任せて良かったと思った。


「ところで、女性職員の男性への対応にどんな不味いことがあったのかな?変な対応をしたから頭を悩まされているのだろう?もし、ロイズの着替えやトイレで用をたしているところを覗いた何ていうことが、あったのならはっきり言ってくれ。とりあえず犯人は殺すから。」



ローズは首を横に振り、否定を示す。


「そんなことがあったらうちの組合長がまずそいつを殺しているよ。まぁ、頭を悩まされている件でも、アキ組合長はしっかり対処してくれているがね。」


ローズをすっかり冷めたコーヒーで

喉を潤すと更に話を続ける。


「うちの組合では相手が男性だろうと女性だろうと、相手の仕事上の秘密を不必要な人間には聞かせるわけにはいかないので、職員を限定して一対一で対応していたんだ。元々、男性商人の数自体が少ないので個別に男性職員を用意するのも大変だからな。」


「まぁ、仕事に関することなら妥当じゃないか?ローズも言ったように個人の秘密事項をいくら組合の職員だからって不必要に他人に聞かせるものではないと思うしな。」


ローズは話を続ける。


「この前、男商人が組合庁舎の面談室から飛び出してきたんだよ。偶然、アキ組合長が見ていたらしくて、様子が只事ではないから、その男の商人が組合庁舎を出る前になんとか落ち着かせて事情を聞いたんだ。男性商人が飛び出してきた部屋を覗くと、そこにはふてぶてしい態度の女性職員がいたわけだ。」


私は話が読めてきたけど敢えて何も言わず、先を促す。


「まぁ、大体分かってもらえると思うが、簡単に説明すると男性商人は特許申請にきたのだが、その時は、いつもの対応している職員がおらず、また別の日にということになったんだが、件の女性職員から特許は申請順だから、早く出さないと別の人に特許を出されてしまうと言われ、仕方なくその女性職員と話を個室でしていたら、女性職員が、急に男性商人の手を握ってきたらしい。彼は手を振りほどこうとしたが、職員の力が強く振りほどけなかったので、やめてくれと口に出しても、しつこくくどき落とそうとしてきたらしくてな。」


私はその女性職員の様子を想像して呆れてため息をつく。


「いや、なんか想像つくわ。それにしても、こっちが真面目に仕事の話をしているのにサカってこられると逆に引くって。特に男性とかって目線で相手が自分の身体のどこを見ているかわかるって言うしね。」


「まぁ、男性商人もこれは話にならないと思ったので、女性職員が隣に座って腰に手を回した所で、隙を見て、全力で振りほどいて何とか部屋を飛び出したらしい。」



「しかしだ。お互いの言い分を聞くと、女性職員は男性商人から誘いがあったから手を握ったと言い出してな。もちろん、密室で対応していたから、真相は分からない。こちらも官憲ではないから、無理に吐かせることもできない。その女性職員は普段は真面目に働いていて、悪事を働いている様子もないから、冤罪の可能性も捨てきれない。八方塞がりだったよ。」


「だったってことは解決したのか?」


「あぁ。その話を聞いたアキ組合長が、個別に話を聞いて、やり取りをしたら、女性職員が嘘をついていると言ってね。その時は、理由は公表していなかったが、後から組合長に聞いたら「鑑定」って能力を神から与えられたとかでな。

「鑑定か?結構、有名な能力だな。確か物の価値とかが分かる能力だよな。それで嘘がわかるのか?」


「いや、普通に話をしているだけでは、「鑑定」は相手の嘘は解らないらしい。相手に言い分を紙に書いてもらってそれを鑑定すると、「〇〇が書いた嘘の文書」とかって、鑑定されるらしくてな。転生者認定のときに王城での隔離時に、暇つぶしに王城にある歴史書を読んでいて偶々鑑定したら、誰それが書いた嘘の歴史書とかって鑑定されたらしくてな。そこから書かれている文書は鑑定が効くって分かったらしいよ。」


ローズがここだけの話な、と言ってきた。もちろん、私も義理の妹になるかもしれない女性の能力を他人に吹聴する趣味はないし、ますますアキ・ナカムラを仲間に引き込みたくなってしまった。


「流石、転生者出鱈目な能力だな。」

私が、今後の展望を思い描いていると、ローズが清々しい笑顔を浮かべてこう言った。


「今、話をしていて気付いたんだ。色ボケゴリラ職員には話をしてもあまり通じないから、躾けるには圧倒的な能力で純粋に暴力を振るうのが一番有効ってことに。」


「そうか…。まぁほどほどにな。話をありがとう。ここは私が精算しておく。」


うふふと怪しく笑うローズを置いて、店員にローズの分も含めて代金を精算し、家路につく。


この街の商人組合は転生者である組合長の圧倒的な力を背景に副組合長の恐怖政治が始まるかもしれないな。

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