第8話
「リィズ先輩、受付交代します。」
僕が声をかけるとリィズ先輩は状況を確認するように周りを見回してから僕に話しかける。
「ロイズ、君の心遣いは嬉しいが交代には少し早いぞ。」
昼の受付交代は、次の交代者が少し早めに昼食をとり、交代するため、必然的に前の人は、交代後に昼食を取ることになるので、大体の人が、前直者ができるだけ昼休憩中に食事ができるように気遣って、少し早めに交代をするのだ。
僕はこの組合員の中で1番下級者なのでいつも少し早めに交代をしている。
「僕は皆さんに比べて、受け持っている仕事が少ないので早めに昼食を摂らせてもらっているから、大丈夫です。」
僕がそういうと、リィズ先輩はニヤリと笑って答える。
「何を言っている。君は自分の受け持っている仕事以外にも周りのフォローをしてくれているよ。その上で、色々、気遣ってくれているのだろう。ありがとう。」
普段はどちらかというとぶっきらぼうな感じのリィズ先輩なので、目の前でお礼を言われると少し恥ずかしい。
「まぁ。今回は君の好意に甘えるとしよう。その前に交代前の引き継ぎをしようか。」
そう言って、リィズ先輩は受付簿を開く。
「はい。お願いします。」
「まぁ、受付簿を見てもらうとすぐに判ると思うが、午前中は、特許申請、特許確認も無し。契約書作成依頼も公証人派遣依頼も無しだね。ただし、」
一旦、言葉をきったリィズ先輩はニヤリと笑う。
「ここまで暇だったのは、今は、決算期ではないし、女の私が受付だったからだろう。この組合で唯一の男である君が受付に座るのを待ちわびている様子の輩が2人ほどいるね。」
最初に僕が声をかけたときに周囲を見回していたのは、僕に注意喚起をするためだったのか。
組合は特許や契約書などの作成に携わる関係で、他人の目に触れないように依頼人とは密室で話す。
依頼内容によっては公証人や他の組合職員も陪席をするので一対一で対応することは少ないが、ここの組合は受付に立つ者は公証人の資格も持つので依頼人とは一対一で密室で話すのだ。
もちろん、日中の受付対応は僕一人だけではないので、女性中心のこの世の中で、男性の僕が依頼対応に当たると、一般的な女性商人には能力的に不信感を持たれる。そのため、僕が受付に当たるとしても、他の女性組合員に引き継ぐことが多いのだ。
しかし、男性に興味がある女性商人などは僕を指名して受付することも多い。
「あの右端にいる旅商人の装いをしているのは、多分、カリリスタン組合で出入り禁止にされた奴だろう。」
僕がそちらに目をやると旅商人の恰好をした女性が他の商人たちと会話をしながらこちらをチラチラと伺っている。
旅商人だけあって装いはいささか汚れや損傷をしており、顔や手は日焼けはしているが、女性自身は小綺麗にしていて柔和な笑顔を浮かべながら他の商人たちと会話をしているようだ。
「カリリスタンといえばイースタン商会のことでしょうか?」
僕が尋ねるとリィズ先輩は笑顔で頷いた。
「そうだ。この世は男性の出生率がかなり低いから、少しでも男性の出生率を上げるために男性は複数の女性と結婚は問題ないが、女性が複数の男性と結婚はできないようになっている。まぁ、あくまで結婚であって関係を持つのは黙っていれば問題はないがね。しかし、大きな商会だとやはり評判が堕ちるのを嫌うから一妻一夫ってとこが多いね。イースタン商会の話は女性の旅商人が結婚しているのを隠して、商会長の息子と恋仲になって関係を持ってしまったからね。息子を傷物にされたって商会長がかなり怒っているからね。」
リィズ先輩はそう言って引き出しから注意書き文書を取り出した。
「まぁこの文書を見ての通り、装いは違っているが、顔や背格好なんかは一致しているから間違いないだろうね。まぁ実際は商会長の息子とは結婚前で、重婚には当たらないし、商会側では恥になるから、訴えてはいないので詐欺罪で官憲に追われているわけではない。なんで裏で注意喚起文書が回されるだけなんだけどね。」
リィズ先輩はため息をつきながら僕を見て、
「まぁ、やつが君に声をかけてきたら私かローズ副商会長に回してくれ。君に変な虫がつくとこの組合がとんでもない目にあうからね。君の母上、姉上たちに出張ってこられるとこの組合は吹っ飛んでしまうからね。」
そう言ってリィズ先輩は少し震えた。
「もう一人はいつもの先生だね。こちらは可愛らしいもんだ。今まで、象牙の塔にいて男性と会話を満足にしたことがない学者先生が君に一目惚れをしたけど、経験もなく恥ずかしくて必死になって特許出願や同じ特許が申請されていないかの確認作業を理由に君と会話しにきているってやつだね。」
僕は苦笑いをして
「僕としてはあの学者先生は話していて勉強になるから好きですよ。」
リィズ先輩は呆れながら
「おいおい。冗談でも男が女のことを好きって言うもんじゃない。女側がそれを聞いたら暴走してしまう。」
「すみません。僕が軽率でした。では、受付を交代します。」
僕は素直に先輩に謝り、先輩と受付を交代する。
僕が受付に座ったのを見て、旅商人が他の商人との会話を打ち切り、こちらに向かってくる。
「やあ。古臭い商人組合にこんな美貌の男性職員がいたなんて知らなかった。」
女性の旅商人が笑顔を浮かべながら話しかけてくる。
学者先生がハラハラしながらこちらを伺っているのを僕は確認しながら、事務的な対応で答える。
「こんにちは。どういったご要件でしょうか?」
「あぁ。私の組合預金口座からこの街で定住するための資金を引き下ろそうと思ってね。」
僕はその言葉を受け、口座の確認のため、記入用紙を手渡そうとすると、
「あら。組合員の大事な預金口座の確認作業を一般職員にさせるわけにはいかないわね。」
そう言って、珍しい黒髪に白磁のように白い肌、美しい姿勢で歩きながらこちらに向かってくる女性
そう、アキ組合長だ。
いつもは柔和な笑顔で話しかけてくれているが、今は、熟練の戦士でも怯むような威圧的な態度でこちらに歩いてきている。
旅商人はアキ組合長の威圧感に少し怯えながらも反論する。
「何を言っているんだね。預金口座の確認なんてどの組合でも受付でやってくれているよ。」
「あら。うちの組合では私の方針で預金口座に関わる作業は5年以上の勤務経験がないとさせないことにしているの。そこの彼はまだ勤務経験が1年も経っていないから作業はできないわね。幸い別の受付も空いていて、対応する職員は5年以上勤務経験があるものばかりなので他の受付にお回りください。」
僕ははじめて聞いた方針だが、普段見ないアキ組合長の態度に口を挟むことができないでいた。
旅商人もアキ組合長に気圧されて
「わかりました。組合長の方針では仕方ない。」
そう言って、スゴスゴと別の受付に向かう。
旅商人には怖い顔をしていたが、僕にはにっこりと笑顔を向けて
「ロイズ君、君はまだ私の方針が伝わっていなかったかしら。これは、組合長として厳正に対処しないといけない事象だわ。」
ローズ副組合長が後ろで頭を抱えている。
「組合長、もうすぐ組合長会合ですよ。職員への方針の確達は私がやっておきますから移動をお願いします。」
「副組合長、何を言っているの。職員は組合に取って宝ですよ!
その職員に対して教育をするのは、組合長として非常に重要な業務です。会合は代理で副組合長が出席してください。」
副組合長は苦笑いを浮かべながらアキ組合長に答える。
「組合長、いつも会合には嬉々として参加するじゃないですか。」
「大丈夫です。多くの組合長が忙しいから会合と評したお茶会には大体が欠席か代理出席で対応されていますから。」
ローズ副組合長はアキ組合長の答えを聞き
「いつもは組合長の業務をサボりたいから、喜んで行っていたんですね。」
アキ組合長は少し焦りながら
「違うわよ。雑談の中にも重要なことが話されているのよ。でも、ロイズ君に教育をしなくてはいけないからね。今日は組合長の方針について業務経験、1年未満の職員に組合長方針について教育します。ええ。組合長執務室でね!」
ローズ副組合長はジト目になりながら、
「うちの業務経験1年未満の職員はそこにいるロイズ君だけです。」
ローズ副組合長の目が
「組合長知っていますよね~」
って語っている。
「それはしょうがないわね。幸い業務も忙しくなさそうですし、今から教育します。ロイズ君、申し訳ないけど、私の教育を今から受けてもらいます。受付業務は空いているみたいなので減員で対応問題ないでしょう。」
そう言って、僕の手をとり、かなりの急ぎ足で組合長室に向かって歩き始める。
こうして僕は急な業務変更で組合長教育を受ける羽目になった。
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