第6話
ウルズ商会会長のステファニーは
会長室といえば聞こえはいいが、無駄な装飾のない質実剛健な会長室で3人の部下達から定例の報告を受けている。
部下と言っても2人はウルズ商会統合部部長と副部長である長女と次女のジェニカとレイチェルであるし、もう1人は子供の頃から一緒に過ごしている副商会長のサリスである。
ステファニーは一度潰れかけたウルズ商会を再建した中興の祖として世間では有名であり、50代とは思えないほどの容貌であり、その赤い色の髪を肩口で揃えており、部屋と同じように、余計な装飾はないが、一目で良い生地だとわかる仕立ての良い服を着こなしている。
「ふむ。報告をありがとう。懸念事項としては東の島国からの貿易船の到着がサイクロンで遅れることぐらいかな?」
統合部長である長女のジェニカは手持ちの紙を見ながら答える。
ジェニカは父親譲りの金髪を母親
と同じぐらいの長さに揃えており、
周囲からもその美貌を讃えられくらいだが、本人は美貌などは周囲や取引先に不快感を与えなければそれで良いと周囲に公言しているくらい気にしていない。
「はい。会長、ちなみに積み荷は東国の名産の香辛料と漢方といわれる医薬品がほとんどです。両方とも乾燥させて、しっかり密閉しているので保存状態も良好ですので多少到着が遅くなっても品質に問題はありません。」
「今のところ在庫も3か月は持つね。両方とも軽くて小さい物だから大量輸送に向いているので次の船便まで問題ないよ。」
副統合部長でレイチェルも補足して説明をする。レイチェルも姉や母親に劣らずの美貌だが、母親譲りの赤髪を腰まで伸ばし母や姉と違い冷徹よりは活発といった感じだろう。服装も姉よりは肌を露出している。本人いわく数少ない男に遭遇したときに少しでもモーションをかけられるようにだそうだが、この世界の男性は、獰猛な肉食動物のように女性を見ているので、積極的に話しかけてくる女性は怖がられる傾向にある。
「そうね。医療機関には次の船便は遅れているけど、在庫には問題ないことを伝えるように指示しておくわ。ステファニーは会合のときでもいいから貴族関係にこのことを言っておいてもらえるかしら?」
サリス副商会長も頷きながら、補足する。サリスはどちらかといえばおっとりとした感じの女性であり、一見、商売人にはみられないが、実は、商会長並みに冷静沈着である。性格は冷静だが、以外にも家庭的であり、世間一般では家事は男の仕事だといわれているのだが、家では、家事を夫任せにせず積極的に行っており、夫に先立たれたステファニーや子供達を気遣い何かと差し入れなどもしている。最も、商会長一家には優秀な使用人もいるので、生活面ではあまり困っていないのだが、気にかけて声をかけてくれることが嬉しいのか、ジェニカもレイチェルも小さな頃からサリスにはよく懐いている。
「あぁ。問題ない。伝えておく。
以上で報告は終わりかな?少し皆に話したいことがあるのだが。」
「そうね。ジェニカやレイチェルからの報告は終わりで、後、私から仕事以外の件で話したいことがあるぐらいかな。」
珍しくステファニーが報告の終わりを確認する。ステファニーが商会長になってから、自分の話がしたいからと言って報告の終わりを確認したり、早めに報告を終わらすことはしていない。これは、上司が報告の終わりを確認したり、促したりすると、部下が、長くなったり、商会にとって不利益になるような報告をしづらくなるからというステファニー本人の考え方からきているのだ。
「いや、今日は朝、私が仕事に出る前に、ロイズが私の健康を気遣うことを言ってくれたんだよ。」
ステファニーには2人の娘の他に、息子が1人いる。それは、ロイズという名前であり、今年、15歳になり成人したのだが、世間一般的な通例に反して、婿に出したり、婚約をするようなことはしていない。
なぜなら、ウルズ一家は父親が亡くなり、唯一の男子となったロイズを溺愛しているのだから。
現に身体を気遣う言葉を言われたと知った。娘2人は愕然としている。
「ええ!ロイズちゃんは私にはいってらっしゃいの挨拶だけだったよ!」
と、次女が言えば、
「私は今朝は早く仕事に出たから顔を合わせることができなかったのに…。」
と長女は酷くショックを受けている。
「まぁ。母親の私に与えられた特権だからね。気にすることはない。それはそうと、ロイズから預かっているものがある。本当は独り占めしたかったのだが、後でロイズに知られると、ロイズに嫌われるかもしれないからな。アカネお茶と一緒に例の物を持ってきてくれ。」
ステファニーは、そばに控えている秘書に言ってお茶とクッキーを用意させる。
「このクッキーは今朝、私が出発前にロイズから預かったロイズ手作りのクッキーだよ。」
娘2人に羨ましそうに見られていたが、クッキーを出したことで、自分への矛先が柔らかくなって安堵したのかステファニーが少しだけ安心した感じて話した。
「美しい家族愛を見せられているとこを申し訳ないのですがステファニーだけでなく、ジェニカやレイチェルにも聞いてもらいたい話があるの。」
母と娘が息子が作ったクッキーを平等に分ける相談を見ながら、サリス副商会長は言い出しづらそうな感じで口火を切りはじめる。
「実はね。その…。ロイズ君に見合いの話がきているのよ。」
会長室内の空気が一瞬で絶対零度まで下がる。
「どうして、そんな話が母親の私にこずに、副商会長の貴女のところにくるのかしら?」
ステファニーがそんなことを言うがサリスは胡乱げな目をして答える。
「いや、貴女はロイズ君に見合い話がきても聞かないふりをするじゃない。そうすると必然的に副商会長の私にくるのよ。いくらロイズ君が可愛くて婿に出したくなくても、成人した男性が結婚もせず、婚約者もいなくて家に閉じこもっているなんてことが、長期間続けばロイズ君に変な噂がたつわよ。」
ステファニーはいやいやしながら答える。
「だって仕方ないじゃない。あの人が亡くなって私の支えは子供達だけなんだもの。しかも、ジェニカとレイチェルは婿をとることができて、家にいてもらえるけど。ロイズ君は婿に出したら相手に盗られて帰ってこないじゃない!」
ジェニカも同調する。
「そうよ!ロイズ君は可愛いからきっと、相手の女だけでなく、その姉妹や親戚、下手したら相手の母親まで欲情して襲いかかるに決まっているわ!」
その言葉を聞いてレイチェルが悲壮な顔をする。
「ええ!あたしの可愛いロイズ君がそんな娼館の娼夫扱いを受けるの?!ダメよ。絶対に許さないからね。」
サリスは3人の顔を見ながらため息をつきつつ答える。
「まぁ。下手な相手に引っかかると確かにそんな扱いになる可能性はあるかもしれないけどね。でも、私が厳選したこの相手なら大丈夫よ。アカネさんさっき預けた物を持ってきてちょうだい。」
促されたアカネがちょっとした大きさの絵画と書状を持ってきた。
「これは何?」
ステファニーが聞くとサリスは呆れたように答える。
「何って見合いの相手の顔見せの絵に決まっているじゃない。多少、美化しているかもしれないけど、実際に会ってまったく違うなんて文句が出ないよう忠実には描いてあるはずよ。」
アカネが支えている絵には濡羽色の髪に雪のような白い肌、上品な礼服をきてほのかに笑みを浮かべる女性が描かれている。
サリスは釣り書きの書状を読み上げる。
「彼女は転生者で、アキ・ナカムラという名前ね。転生者として記憶が戻ったのが約2年前、そこから真偽判定を受けて一ヶ月前に、真の判定を受けて、晴れて転生者と認められたばかりね。仕事は転生者の真判定を受けた時点で、商人組合の組合長に抜擢、一ヶ月間様子を見られたけど、かなり優秀なみたいね。」
「仕事なんてできても、ロイズ君に冷たくあたるかもしれない!仕事できる奴ほど家庭を顧みない奴が多いのよ!」
ステファニーが狼狽えながら苦し紛れに答える。
サリスがにこやかに切り返す。
「大丈夫よ。その辺は調査したわ。彼女は名前からわかるとおり、アカネちゃんの母親と一緒の日本という国の転生者よ。」
秘書のアカネは転生者の母親を持つ転生者2世である。
「日本人女性は基本的に勤勉で貞淑な人が多いわ。密偵を使って調べたけどこのアキ・ナカムラは性格については、基本的な日本人女性から逸脱していないようね。」
サリスが続ける。
「日本という国は一夫一妻の婚姻を法律で定められていて、男性は浮気話でちょくちょく呆れられて離婚されるらしいのだけど、女性の浮気率は低いみたいよ。」
サリスはにこやかな笑顔でさらに続ける。
「せっかくこの肖像画と釣り書きを受け取るときに本人に会えたので結婚観を聞いたけど、彼女は結婚したら夫を親戚や家族と共有するなんてありえないですって。しかも、日本では全員が全員ではないけど、風潮として結婚した場合、女性の方が相手の家に嫁ぐことが多いのよ。つまり、ステファニーの大好きなロイズ君は結婚しても家を出ることなく貴女のそばに居てくれるって訳よ。」
ステファニー、ジェニカ、レイチェル、3人の心が揺らぐ。
「でも、ロイズ君が相手のことを気にいらないかもしれないじゃない。」
ジェニカが疑問を口にすると、可愛い弟には変な相手がついてはほしくないレイチェルが少しでもマシな相手とくっつけようとするために一つ案を出す。
「では、こうしたらどう?
ロイズ君を商人組合で働かせたら?条件をいくつかつけてね。例えば、転生者は同調圧力をかけることができないように、周囲やロイズ君自身には見合いのことは秘密にするとかね。そこで、ロイズ君が相手のことを自然に気に入れば、婚約を認めるとか。」
ステファニーも愛する息子に変な噂を立てられるのは困るので、できるだけ息子のことを大事にしてくれて、独占せずに、母親や姉にもロイズを可愛がることを認めてもらいたいのだ。
このアキとかいう転生者もまだどんな性格かもわからないのだ。
簡単にロイズを渡して、最悪な結婚生活をさせるわけには行かない。
できるだけ引き伸ばして相手のことを見極めてから、ロイズとの結婚を認めて自分の目が届く範囲で幸せな生活を送らせたいのだ。
これは一見、過保護にも見えるがこの世界には男性を道具や商品としか見ていない者もいるのだ。
山賊のように男を攫って奴隷として売り飛ばすなんてことはそこらに転がっている話なのである。
転生者の全てが人格者とは限らないのだ。
神から与えられた能力を悪事に使用するものも過去にはいたのだから。
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