決心
「いずれ終わる……ね」
蒼崎さんは俺の言葉を反芻する。夢を取るか、現状維持か。彼女にとって究極の命題なのだろう。しかし、決めなければいけなことだ。蒼崎さんは俺の2つ歳上なので、今は大学3年生である。進路を決める時期が近づいてきていると言うことだ。
「人から愛されることが幸せかぁ〜。でも、そう言われると否定できないな〜」
蒼崎さんは顔を綻ばせながら言った。
「うん。達平くんとのお喋りで私も心の整理がついたよ。あとは、ちゃんと身近な人に言うこと言わないとね」
「ほんとですよ。なんで1番最初の相談相手が俺だったんですか」
最初の相談相手になるべきは恋歌辺りではないのかと思ってしまう。幼なじみで親友なのだろう?
「ごめんね。私もちょっと余裕がなかったみたい」
と、こんなことを言われたら何も言い返せない。
蒼崎さんも真剣に悩むほどにVtuber稼業に思い入れが強かったということだろう。誰でもいいから話を聞いてくれという、心のSOSだったのではないかと思う。
俺くらいの助力でなんとかなるのならば、喜んで微力を尽くすまでだ。
ふと、少し疑問に思ったことがある。それを単刀直入に蒼崎さんに聞いてみることにした。
「蒼崎さんは、何故Vtuberになろうと?」
そういえば聞いたことがなかった。彼女の配信は毎回張り付けている訳では無いし、自己紹介の時もあまり詳細には語ってなかったと思う。
すると、蒼崎さんはあっさりと答えた。
「ENがいたからだね。私が入ったのは3期生だけど、でらっくすって2期生辺りからEN1期生をデビューさせてたでしょ?私も語学を専攻しているからね、ENとJPの架け橋になればと思ったの。それに、ENの人たちって面白いんだよ?でも言葉が違うから日本のリスナーがあまりつかないのが面白くなくてね」
「なるほど。確かにEN勢とよく絡んでいるのを見たことがありますね」
レクサスはバイリンガルだが、他のメンバーはそうでは無い。蒼崎さんもとい天さんは英語でENメンバーと話しているのを見たことがある。
それに、蒼崎さんとEN勢とのコラボはリスナーからは好評だ。
「でも、そうなるとやはり夢は大事だったんですね」
「……そうなるね」
俺のこの発言で、蒼崎さんは自覚したようだが、彼女はVtuberになっても英語と日本語を使って活躍しようという気持ちがあったのだ。
やはり、根底にある憧れは翻訳家としての人生なのだろう。
「きっとみんなが応援してくれますよ」
「そうかな?」
「ええ。それに、応援されなくてもやるでしょう?」
「ふふ。そうね」
そう言って俺の言葉に首肯する蒼崎さんの顔は凄く大人びていた。
たかが2歳差、されど2歳差。決意をした人の表情は、俺なんかの助言など必要なさそうに見えるほど力強かった。
▼
以上が、あの時の俺と蒼崎さんとの会話だ。
それからは、蒼崎さんの事務所の先輩や後輩、同期に相談したり、恋歌にも伝えてそこでまた大騒ぎになって、俺は『でらっくす』の本社に呼ばれて云々。
『穏便に済みそうで何よりですね』
『それはそうだね。オレにはアオイみたいな夢はないからちょっと羨ましい気もする』
宵闇さんはまあ、イメージとしては気楽に生きていそうって感じだろうか。あくまでイメージだけれど。
今は色々とひと段落して、時間的にも余裕が出来たので暇してた宵闇さんとお話をしているところなのだ。
Vtuberとなった者の多くは、多分だがしっかりとした信念を持っている人はあまり多くないと思う。しかし、企業が運営している事務所にわざわざ面接までしてVtuberタレントになろうとした人には、多かれ少なかれ信念というものがある。これは俺の感想だ。『蛇陀カラメ』『碧衣天』『宵闇アク』。まだこの3人しか企業所属のVtuberとは接していないが、それでも分かることがある。
カラメさんは好奇心と子供のような無邪気さと追求心を、天さんは自分の実力を生かして言語の壁を超えようと、宵闇さんはリスナーに安心と勇気を与えようと。
そう言う確固たる信念を感じる。
宵闇さんとは知り合って日が浅いが、言葉を交わすにつれてこのような一面が見えてきた。
『宵闇アク』と言う名前とは裏腹に、リスナーに光を与えようとしている。
『見ている人たちが元気になって、また明日も頑張ろうと思ってくれるような楽しい配信を志してるんだよ』
そう言っていたのは先程のことだ。
俺の動機とは根本から違くて涙が出るね。
しかし、俺とて一介のVtuberである。この人たちに負けないような配信者を目指そうと思う。
あと1ヶ月で『碧衣天』は引退するが、俺とのコラボ配信の約束も取り付けてある。精々楽しみに待っておくことだな。
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