不穏
「私ね――Vtuberを辞めようと思ってるの」
唐突に放たれたその言葉は俺の脳内をかき乱した。
「……あぇ?」
我ながら素っ頓狂な声が出たなと思う。それだけ衝撃的だったのだ。それに、俺はまだ現状を冷静に判断できていない。
何とか冷静さを取り戻そうと努力しようとしたところで、遠くから恋歌の声が聞こえた。
「雫ー?ちょっと来てー」
「はーい。今行くー」
そうして呆然としている俺を置いて蒼崎さんは行ってしまった。
「おい。何してんだ?」
棒立ちしている俺に凛斗が話しかけてきて、それで俺は正気を取り戻した。
「……ああ、なんでもない」
いや、なんでもないことはないのだが何も知らない凛斗にこんなことを言っても余計に混乱するだけだ。
俺は釈然としないまま皆に合流することになった。
▼
「今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらも楽しかったし」
別れの挨拶を凛斗と蒼崎さんがしている。
結局、あの発言についてそれ以上蒼崎さんから何か言ってくることはなかった。
俺たちは帰路についたわけだが、凛斗に何かを悟られても良い言い訳がないので凛斗と2人の時は至っていつも通りの態度だったと思う。
しかし、自宅に帰宅してからはどうしてもあの発言がフラッシュバックしてしまう。
中途半端な情報を与えられて、混乱しているのだ。なぜあのタイミングで俺に引退の旨を伝えたのか。それが何より謎だ。というか引退の理由すら聞かされていない。これでは気にもなるだろう。
しかしそんなことを気にしている間にも時間は過ぎていく。
俺は家事をして余った時間をのんびりと過ごしていたのだが、不意にツイッターのDMが通知を鳴らした。
『今日はありがとう。あの時はごめん(。-人-。) 。私も抱え込んでたみたい』
もちろん相手は『碧衣天』さんだ。
俺は気になったことを送ってみる。
『いえ、こちらこそ。あのことはミクルには言ってるんですか?』
どこから情報が洩れるか分からないし、『CHIZU』としてメッセージを送るのなら恋歌のことも本名ではなく『秋月ミクル』と呼称した方がいいだろう。
『言ってないよ。ミクルは私に憧れてVtuberになったみたいだし、その私が辞めるなんて言ったらショックを受けるんじゃないかと思って』
天さんはそう返事をしてきた。
気持ちは分かるが、親友なら相談相手になってもらった方が良いのではないかと思う。変に隠し事をして関係を拗らせたら元も子もない。
のだが、天さんも踏ん切りがついていないのだろう。そう感じる。まだ関係値が薄い俺だから話すことができたとかじゃなかろうか。
今日1日あの人を見ていたが、親友に嘘をつくような人には見えなかった。恋歌との話し方やら接し方を見れば尚更そう思う。
だからこれは言い訳だろう。まあ完全に邪推の可能性もあるのだが、そう考えるのが妥当に思える。
『まあいつかミクルにも言っといた方がいいと思いますけど、話くらいなら聞きますよ?』
そうメッセージを送ったら、既読のマークが付いたまま放置されてしまった。
▼
そして今、目の前に蒼崎さんがいる。
あれから1週間後の出来事であった。
あのDMを送った翌日に天さんから返事が来たのだ。内容はこうである。
『ありがとう。じゃあ、来週会えないかな?』
と言うことだ。
都内の喫茶店で俺たち2人は相まみえているということになる。
なんというか、目の前の蒼崎さんの様子が緊張しているのだ。こちらも身構えてしまう。
「達平くん」
「はい」
「私ね。夢があるの」
そうして始まったのは蒼崎さんの“夢”とVtuberになった経緯の話だった。
▼
Vtuber総合スレ
89 名無しのVファン ID:handoru+
天ちゃんの大事なお知らせってなんやろ
90 名無しのVファン ID:JheT-ug
多分良いことではなさそう
91 名無しのVファン ID:T4si$ug
スレを立てるほどのファンが冷静でいられますかね
92 名無しのVファン ID:babyjack
ここのスレ民なら平気やろ
93 名無しのVファン ID:loiru9h
別の板じゃ今頃邪推して阿鼻叫喚やろ
94 名無しのVファン ID:Dtdb.ew
民度がまだマシ
95 名無しのVファン ID:TYjfhns*s
勘だけど良い報告ではなさそう
96 名無しのVファン ID:jnbeuK:Sc
まあそれはワイも同感
97 名無しのVファン ID:ujneNAnp
例え何を言われても受け入れて応援するのがファンの在り方
98 名無しのVファン ID:GEnieu
ワイらは見させて貰ってる側なんや
なんだろうと文句はない
99 名無しのVファン ID:5nsjyow
倫理とか法律に反することを除く
100 名無しのVファン ID:unr7jw5gS
>>99 そこまで行ってるんだったら今頃公式が出てきてるやろ
101 名無しのVファン ID:JGur0bw7
それもそうやな
102 名無しのVファン ID:54gbruDG
はぁー。推しがどうなるか不安や
103 名無しのVファン ID:4bdgu&V3
皆の心の中に『幸せならOK』ニキが宿ることを願う
104 名無しのVファン ID:Zjdu%vu
ワイがあの聖人になれるかなぁ
105 名無しのVファン ID:JGur0bw7
なれるかじゃない。なるんだよ!
106 名無しのVファン ID:jibu"3ffn
まあなんにせよ温かく見守りましょう
107 名無しのVファン ID:kdn937:ng
せやな
108 名無しのVファン ID:mdhGM2&G
ま、冷静にやな
109 名無しのVファン ID:ujneNAnp
ここにいる歴戦のスレ民だったらもう薄々察してるやろし、大丈夫やろ
110 名無しのVファン ID:bvctXZE3gE
焼き鳥でも食うか
111 名無しのVファン ID:Tgh//ioPton
いいなそれ。俺も酒飲みながら天ちゃんの配信を見るか
112 名無しのVファン ID:5nsjyow
ワイもそうしよ
113 名無しのVファン ID:4Gwd#GR
それがええな
ワイもなんかするか
114 名無しのVファン ID:eneuHV13G
あー
これだけは慣れんな
115 名無しのVファン ID:Tgh//ioPton
しゃあなし
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます