碧衣天とCHIZU
目の前にいるこの女性はなんとびっくりあの『碧衣天』さんであった。意外過ぎる。
俺が固まっていると、蒼崎さんは笑いながら俺の肩を叩いた。
「あははー!恋歌、この達平くんが固まっちゃったんだけど」
「……雫、やめてあげて」
恋歌が蒼崎さんを諫めると、俺の肩を叩いていた蒼崎さんの手は離れた。
この陽の気は俺には眩しい。俺はされるがままにされていたので、恋歌には感謝しかない。
「草深さんは何してたんですか?」
恋歌がそう聞いてきた。
「ああ、凛斗と2人で杏の誕生日プレゼントを吟味してたんだよ」
「杏の彼氏さんとですか」
「うん。でも男2人じゃ何をプレゼントしたらいいのか分からなくて途方に暮れていたとこ」
「はぁ。なるほど」
正確にはプレゼントの選択肢が年々狭まっているからなのだが、そのことを恋歌たちに言うとますます思案顔になった。
恋歌が横で何かを考えていると、蒼崎さんが口を開いた。
「それなら、私たちも一緒に選ぼうか?」
「え?いいんですか?」
「うん。聞く限りじゃその杏って人は恋歌の友達なんでしょ?」
「ええ、まあ」
杏がいなければ俺は恋歌とコラボできていない。それに、恋歌が自分の正体を杏に教えている位だし2人の仲は相当に良いものだと推測できる。
「なら、私にとっても大事な人だしね。別に遠慮しなくていいよ」
「そうですか?ならお願いします」
女性が戦力になってくれるのはありがたい限りだ。
俺たちがそう話をしていると、前から凛斗が歩いてきた。トイレを済ませてきたようだ。
「おーい。戻ったぞって、緑谷か。それと……」
「こんにちはー恋歌の幼馴染の蒼崎雫です」
「神楽坂凛斗です」
こうして恙なく自己紹介を済ませたのだった。
状況が良く分かっていなさそうな凛斗に俺は説明する。
「この2人が、誕プレ選びに付き合ってくれるってよ」
「マジで?それは助かる」
と言うことで、俺はベンチから立った。俺だけ座ったままだしね。
さて、俺たちは歩き出したわけだが、凛斗が何故誕プレ選びに困難しているのかを懇切丁寧に説明している横で、俺は何もすることがなくなった。空気と化したわけだ。
真面目に解説する凛斗、真面目に聞き入る女性陣、何も喋らない俺。うーん肩身が狭い。
「なるほど。と言うか、4年も付き合うってラブラブじゃん」
「私もそう思いますね!このまま結婚しちゃうんですか?」
あーなんか女性陣の興味が凛斗と杏の馴れ初めとか普段どんなことしてるのかとかにシフトしてきた気がする。こうなったらただ凛斗の惚気話を根掘り葉掘り聞かれるだけだろう。そして俺の予想通り、凛斗は女性陣に恋愛話を根掘り葉掘り聞かれるのであった。
▼
俺は空気だ。空気そのものだ。知っているかい?空気中の二酸化炭素の割合って0.03%なんだよ。今調べたから分かった。そしてスマホを蒼崎さんに覗かれて、「何やってんだこいつ」って目で見られたよ。悲しいね。
さて、そんなことはどうでもよい。
惚気話も恋バナも済んだところで本題に入ろじゃないか。
「買う物なら大体候補は絞れましたよ。さっき神楽坂さんとお話しているときに決まりました」
そう言ったのは恋歌だ。
俺が空気になっている間に話は進んでいたらしい。悲しいね。
「じゃあ、候補って言うのは?」
「イヤホンか腕時計かだな」
俺の疑問に答えたのは凛斗だった。
「なら、恋歌と凛斗で2つとも買っちゃえば?」
恋歌も杏にプレゼントを渡すつもりなのだ。候補が2つならば、2つとも買ってしまおう。
「そうだな。俺もそう思う」
うん。これで万事解決だな。
てことでやって参りました家電量販店。
ここでは様々な物が買えますよっと。
恋歌は腕時計を凛斗はイヤホンを見に行った。そして取り残される俺と蒼崎さん。なぜに?
「私たちは何をしようか?」
「あー、俺も見たいものがあるのでそっち行きますね」
「じゃあ私も着いていこうかな」
なんで?
と思ったが、この人がいれば色々とアドバイスが聞けるかもしれない。なにせ俺が見ようとしているのは配信機材なのだから。
「ゲーム配信をするにあたって、何かおすすめのキャプボとかあります?」
「それならこっちのがおすすめだよ。安いし性能は良いしね」
「うーん。でも、安いからって理由で買いたくはないですかねー」
「なら、こっちがおすすめかな」
俺は蒼崎さんにおすすめされた2つを見比べる。値段で言えばだいぶ違うが、その分性能も違う。
俺が機材を見て唸っていると、蒼崎さんが話しかけてきた。
「達平くんは、なんで配信者になろうと思ったの?」
至って普通の質問だ。しかし、どこか含みがある言い方だったような。
「最初のうちはなんとなくですかね。でも、やってるうちに楽しくなって来て、今では生活の一部ですかね」
「やっぱり楽しいんだ」
そう言う蒼崎さんの表情はどことなく悲しげで、迷いのような物が見えた気がした。
蒼崎さんは次の瞬間に意を決したような表情になると、驚きの一言を放った。
「私ね――Vtuberを辞めようと思ってるの」
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