思い過ごし…?

 達平とのコラボ配信の前日、恋歌は駅前にいた。

 雫との約束のため待ち合わせの時間より30分ほど早めに来ていた。昨日の雫の様子が気になったのもそうだが、家にいても大してやることがないのが現実である。


 待ち合わせ場所である広場にある大理石でできた円形のベンチのようなものに腰をかけながらスマホをいじっていた。


 雫の身に何かあったのではないか。そんな悪い考えが脳裏をよぎるが、だとすると今日会おうなどと言わないはずだと考えを一蹴する。

 そもそも底抜けに明るい性格である彼女のことだ。今回だって別にたいそうな理由などないのだろう。そんな希望的観測を信じていると、待ち合わせの時間になる。


 そろそろ来る頃だろうと顔を上げ周囲を見渡してみると、見慣れた姿がこちらに近づいているのに気づいた。


「やっほーお待たせ」


 そう言って雫は手を振って挨拶している。

 その様子を見て恋歌は安心する。見た感じ、いつもの彼女だ。


 雫の表情に変なところはなく、いっそ清々しいほどに笑顔だ。


「久しぶり。急に会おうなんて言われたからびっくりしたよ」

「あはは。なんだか会いたくなちゃって。今日が暇だったから誘ってみたのさ!」


 どうやら恋歌の思い過ごしだったようだ。

 昨日のメッセージも恋歌が深読みして、なにか緊急性があるのではないかと疑ってしまっただけのようだと安心する。


 今の恋歌の目には昔と変わらない雫の姿が映っている。ただただ暇を持て余して遊びたかっただけなのだろう。

 コラボの日にちを伸ばしてしまったことに若干の罪悪感を感じつつ、親友の快活なその有様にそう言えば長いこと会っていなかったなと、ノスタルジックな気分になって自然と口角が上がってしまう。


「さて!私今日の予定とか特に決めてないんだよねー。どこ行こっか?」

「……なんか、相変わらずだね」

「応とも!そう簡単に変わりませんよ!」


 この行き当たりばったりと言うべきか、考えなしと言うべきなのか、とは言えこの底抜けの明るさは相変わらずだなと思いながら、これからの予定を考える。


「うーん。どうしようかな」


 雫は完全に恋歌の決めたことに従うような素振りだ、口を数字の3を右に半回転させたような形にしながら、スマホのスリープ画面を鏡代わりにしながら髪を整えている。


 少しは自分でも考えてほしいな。なんて思うが、不満と言うほどではない。

 いつも通りの雫の様子を横目に見ながら今日の予定を決める。


 カラオケやボーリングなどができる娯楽施設に行くのも一興だろうが、なんだかそんな気分ではない。親友と2人で特に目的もなく街をぶらぶらと散策するのも悪くないだろう。


「決めた。適当にぶらぶら歩こう」

「ん。いいじゃん。服でも見る?」

「いいね。じゃあまずは服屋でも行く?」

「おおー」


 そんな軽いやり取りを交わすと2人はゆっくりと歩き出した。


 休日の昼間とあって、人の通りはかなりのものだ。行き交う人の波に身を任せるように目的地もなく歩いている。


「恋歌は最近なにやってるの?大学とか楽しい?」

「楽しいよ。学びたいこと優先で大学は受験したからね」

「なはは。それが一番よ!私の助言を真面目に聞いた甲斐があったね!」


 雫は豪快に笑いながらもどこか誇らしげに恋歌の話を聞いている。

 

「雫は、大学楽しい?」

「そりゃね。あ、あそこ行く?」


 雫が指したのは女性向けのアパレルショップだ。

 洒落た雰囲気が漂っている。


 雫は恋歌に聞きすらしたが、返事が返ってくる前に既に足は店に向かっていた。

 これは行かないと言っても無理やり連れていかれるだろうと今までの経験から察し、半ば諦めたように着いて行く。


 だが決して嫌だということではない。


 雫の後ろに着いて行き、店内に入ると落ち着いた曲調のBGMが流れており、外の騒がしい空気とは一変して落ち着いた空気が満たしている。


 店内の様子をなんとなく見ていると、既に雫の両手には2つの服が取られていた。


 1つはベージュの肩穴トップス。もう1つは青いカーディガンだ。


「ねえねえ、どっちがいいと思う?」


 雫は子供の様にはしゃぎながら恋歌に聞いている。

 前者は肩の露出が目立ち、大人な印象を抱かせるものだ。後者は寒色であることも相まって大人しそうなイメージを感じる。


 容姿に優れた雫が着ればどちらも似合うのであろうが、恋歌としては前者が雫のイメージに合っているのではないかと思う。


「左の方がいいかも」


 率直な感想を言ったら、雫はにんまりと笑って満足そうに頷いた。


「うんうん。恋歌は分かってますなぁ~。私もこっちが良いと思ってたんだよね」

「どこ目線なの……」


 いかにも推し量ってましたよと言わんばかりの態度でこんなことを言われたら呆れるほかない。

 それにしても服は高いというのにこれ以外にも吟味している辺り、気に入ったものが多いのだろうか。


「恋歌は買わないの?」

「んんー、服はまだたくさんあるし今はいいかな」

「そーお?恋歌にも似合う服たくさんあると思うけどなー」


 そんなことを言いながら、新たに手に持ったトップスを恋歌に重ねるようにしている。


「それはちょっと露出が多いような……」

「ええー?恋歌はスタイル良いんだからもっとそこを強調してもいいと思うんだよね」

「いや、恥ずかしいし……」


 もったいないと言わんばかりの表情で抗議気味な雫に対して、勘弁してくれと言わんばかりの恋歌。


 その後も色々服を見て、結局最初に選んだ服だけを買うこととなった。

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