秋月ミクルと碧衣天、緑谷恋歌と蒼崎雫

ミクの日ですね


「ふぅ、お疲れさまでした」


 配信が終了して一言、ミクルさんから労いの声をかけられた。


「こちらこそ。お疲れさまでした」


 初のコラボ配信ということで、質問コーナーという無難なものに落ち着いたがそれでも時間を忘れて楽しめた配信であったと思う。

 リスナーたちからしたら少々短めの配信であっただろうことは俺も理解しているが、1時間あれば良いだろう。


「あの、CHIZUさん……いえ、草深さん?って呼んだ方がいいですかね」

「どっちでも大丈夫ですよ。俺も緑谷さんって呼びましょうか?」

「あ、恋歌でいいです。それと、敬語もやめません?」


 人見知りが無くなったからなのだろうか。この子ちょっと距離感が近い。


「え、それはちょっとハードルが高いというか……」

「なんでですか?いいじゃないですか。それとも別のことにします?」


 あ、違うわ。距離感が近いってわけじゃなかった。

 これはあれだ。まだ怒ってるわ。これは償いなのだ。


 しかしそれだと俺としては痛くも痒くもないのだけれど。

 

 少々戸惑ったものの、仲良くなるだけであって何も悪いことをしていないことに思い至った。


「おっけー。じゃあ恋歌さん?でいいのかな。これからもよろしく」

「はい!よろしくお願いします」


 どうやら恋歌さんの方は俺に対して敬語をやめないらしい。

 

 なんだか嵌めれられたような気がしなくもないが、あまり気にしないようにする。

 ふと、時計を見ると時刻は午後8時5分。夕食もまだ摂っていないことを思い出した。


 そのことを認識すると急にお腹が減ってきた。


「じゃあ、俺はこれで落ちるわ。また機会があったらコラボしよう」

「はい。ありがとうございました」


 そして俺はボイスチャットから抜けて、夕食の準備をし始める。



 ▼


 達平がチャットルームから抜け、恋歌もそろそろ抜けるかと思っていた頃だった、彼女のスマホが振動した。


 何だろうかと目を向けてみると、ホーム画面にメッセージアプリの通知が表示されていた。

 送り主は恋歌の幼馴染の蒼崎雫あおざきしずく

 恋歌にとって雫は2歳ほど年上だが、親同士の仲が良かったため幼いころから一緒にいた正真正銘の親友であり、姉のような存在だ。


『配信見てたよ!順調にコラボできてたようで安心した!次は私だね!』


 その文面を見て恋歌は頬を緩ませる。


「雫ともコラボしたいけど……」


 と、表情が明るくなったのも束の間、恋歌の顔に少し影が差した。


 蒼崎雫は【碧衣天あおいそら】という、『でらっくす』所属のVtuberでありそこの3期生である。チャンネル登録者も50万人の大物だ。

 界隈でもかなりの数字を誇るVtuberとコラボするとなったら、ただの個人Vtuberであれば二の足を踏んでしまうところであろうが、恋歌はそう思っていない。

 ほとんど身内であり、気心の知れた仲だ。人見知りなんて発動しないし、チャンネル登録者数の差なんて全く気にしていない。


 ならばなぜ恋歌が懸念を感じているのかと言うと、それは一昨日までに遡ることになる。





 達平、もといCHIZUとのコラボ日程を決めようとチャットで会話していた時のことだ。

 恋歌が『了解です。では、明日などどうでしょう?あと、CHIZUさんが良ければボイスチャットで打ち合わせしませんか?』とアプリ上で送ったすぐのことだ。


 メッセージアプリで雫から連絡が来た。

 内容は『明日会おう』という物だった。


 ボイスチャットの準備をしていた恋歌は少し驚いた。

 と言うのも、恋歌の知る雫は相手の都合を考えずに自分の予定を押し付けるような人物ではない。


(なんか気になる……)


 この有無を言わさぬメッセージに、緊急性を感じ取った恋歌は達平がチャットの内容をあまり確認してない様子を察知し、予定の空きは『明後日』であると誤魔化した。


 事実、達平は恋歌とのボイスチャットのことで頭の中を支配されておりそれ以前のチャットの内容を覚えていなかった。


 そうしてコラボ配信を1日引き伸ばすことに成功した恋歌は、達平とのボイスチャットが終わり次第、雫に返事を送った。


『いいよ。時間はどうする?』


 すると一瞬で既読が付き、返事が返ってくる。

 この反応の速さから、やはり何かあったのではないかと勘繰ってしまう。実際はただ遊びたいだけなのかもしれないのに。


『じゃあ10時に駅前で待ち合わせしよう』

『分かった』


 待ち合わせは都内の某駅で決定し、その日はそれ以降やり取りはなかった。


 急に入った予定だが、明日はもとより予定がなかった身だ。大して問題はなく、その日は気になることは多かったものの恋歌は夕食を摂って、明日のために早めに床に就いた。

 

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