コラボ配信with秋月ミクル③

「あ、すいません!いつもの癖で」

「はっはっは!いや、全然大丈夫ですよ。俺もミクルさんリスナーでしたしこの毒舌は知ってましたから。はははっ」


 一瞬驚いたものの、生で聞くこの毒舌はミクルさんの声音からは考えられない意外性もあってかなり面白かった。

 配信上で聞いたことがあるはずなんだが、いざ実際にボイスチャット越しとは言え聞いてみると背筋がゾクッとする。


 普段は柔らかい声音から一変、低音ボイスの「キモ」は刺さる人には刺さる十分な威力を内包していた。


 怒らせてはいけない人を怒らせてしまったような、そんな禁忌を感じさせるものだ。しかし、人間やってはいけない事物には無性に手を出したくなる度し難い生き物。ミクルさんを怒らせたいと考える命知らずは一定数リスナーの中に紛れているらしい。


「そ、そんなに笑わないでくださいぃ……」


 コメント欄

 :しょんぼりミクるんかわよ

 :あっ……開いてはいけない扉が開いた気がする

 :俺は既にオープンよ

 :遠い昔に閉じたはずの性癖が……

 :これはこれは

 :おやおや、おやおやおやおやおやおやおやおやおや

 :天啓


 自分の弱みを見られて弱気になっているミクルさん。

 思ったのだが、この人って属性が多いような気がする。

 

 人見知り、母親、毒舌、弱気、穏やか。

 リスナーは知る由もないかもしれないが、メガネ女子でもある。


 相反する属性がただの人の身に宿っているのだ。

 両義、矛盾、裏表、アンビバレンス。


 これはリスナーたちの幅広い性癖を網羅しているような気がする。

 人間が自分の背中を目視できないように、裏は表を理解できない。光あるところに闇は存在できないように、相反する2つの事柄はこのように自家撞着であるべきなのだ。


 しかし、ミクルさんはその概念を超越している!

 彼女の配信は言わば1人の人間が両義性を持っているために起こった、乖離した性癖を持ったリスナーたちが集まった珍景であると言えよう。


 何言ってんだろ。俺。


 なんだか考えることが馬鹿らしくなってきた。無意味なことに時間を使った気分だ。


「この配信は幅広い性癖に対応しております」


 コメント欄

 :急にどうした

 :悟ったか?

 :何に対してだよ

 :あ、開いちゃったか

 :お前も“こっち”に来ちまったのか

 :まあ座れよ。ここに来たのならお仲間だ


「CHIZUさん?どうしたんですか?」

「いえ、少しばかりこの世の真理に近づいたような気がっ……!?」


 ボイスチャット越しだというのにこの“圧”はなんだ。今にも押しつぶされそうな圧を感じる。どうやら俺は起こしてはいけないものを起こしてしまったらしい。

 

「スイマセンでした」

「なんで謝ってるんですか?別に怒っていませんよ?」


 コメント欄

 :あーあ

 :怒らせてしまったわね

 :でもぶっちゃけご褒美だと思うの

 :うらやま

 

 リスナーたちはちょっと後でしばくとして、あれだ。ミクルさんを笑って且つ性癖対応なんていう馬鹿げたこと言ってたから地雷を踏んでしまったようだ。


「そうですか?なら次の質問に移りましょう!そうだ!次の質問に移ろうそうしよう!」


『名前の由来は何ですか?』


「ということでね。はい。いい質問ですねー」

「CHIZUさん?後でお話があります」

「あっ……スゥーーー」


 これはどうしても逃げられないようだ。

 腹を括って説教を受けるしかないようである。

 諦めはガンジー。


 コメント欄

 :あっ……(察し)

 :おつかれさま

 :ええなー

 :俺も蔑んだ目で見られたい


 まあ、それはさておき!名前の由来だったな!


「俺は友達がヨーグルトって名前だったからだぜ!同じ乳製品だからだぜ!」


 この場の空気を一変させるためにも、俺は無理やりテンションを上げた。しかし焼け石に水である。


「誤魔化そうとしても無駄ですよ?……それはさておき名前の由来ですか。私は秋にちなんだ名前ですよ、秋好きですから。秋といえばお月見ですし、ミクルは並び替えるとくるみですから」

「秋が好きなんですか」

「はい。暑くも寒くもなく過ごしやすいですし」

「春との違いは?」

「あの寂れてる感が好きです。哀愁漂うみたいな」

「あ〜。なんだか分かります」


 秋特有の寂れた雰囲気は俺も好きだ。

 涼しげな夕暮れ、秋風に吹かれながら公園のベンチで時間を潰すのとかエモそう。


 あくまでそういう雰囲気が好きなのであって俺が自分からそういうことはしない。


 と、ここら辺で時計を見てみると配信開始から1時間が経過したことに気がつく。


 初めてのコラボ配信であるし、そろそろ終わりにしても良い頃合だろう。


「うん。そろそろいい時間ですかね」

「そうですね」

「今日は楽しかったです。またコラボしましょう」

「はい。是非!」


 俺たち2人は配信を終了へと導き始める。


「では、今日はここまでですかね」

「はい。では、CHIZUさんのチャンネルも概要欄に貼っておくのでチャンネル登録して下さい。では、ここまでの配信は秋月ミクルと」

「CHIZUでお送りしました!」

「「さようなら〜」」


 コメント欄

 :おつかれ

 :おつ!

 :楽しかったです!

 :たのしかった!

 :またコラボしてくれ

 :ばいばい〜

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