イタズラ

 俺のような陰キャは、あの長ったらしい商品名を誇る某コーヒー店になど入ることができない。例えできたとして、その場合、店内の陽の気にあてられて俺は消し炭となっているだろう。


「これ美味いわ」


 俺の目の前で楽しそうに件のコーヒー店で買ってきたカロリーの塊のような飲み物を飲んでいるのは、皆さんご存知、神楽坂凛斗である。そしてその隣には当然のように彼女である杏もいるのだが、そんなことはこの際どうでもよい。


 俺は今、全神経を集中させて自らの肉体が消し炭にならないように耐えているのである。

 なんでって……そんなの件の店の中にいるからに決まってるじゃないですか。


 カップル2人で水入らずの時間を過ごせばいいものを、なぜか知らんが俺まで誘われ半ば強制連行されたのは記憶に新しいどころではない。


「達平もなんか頼めば?」


 無神経にもそんなことを言ってくる凛斗に若干呆れつつ、俺は返答した。


「注文こわい」

「「ぶっ!!」」


 おいこら吹くな。

 確かに今の発言は男としてみっともないものであったのは事実なのであろう。

 しかし、そんな風に笑われたら流石の俺も泣いちゃうよ?いいの?大の男がコーヒー店で泣きわめく姿を見たいのかい?


 そんな俺の思いも虚しく、俺を馬鹿にするように笑った2人は満足げである。


「分かった、そんな恨めしそうな顔をすんな!俺が一緒に行ってやるよ」

「業腹だが、この際手段は選んでいられん」

「誰だよ」


 そんな俺たちのやり取りに、杏はまた腹を抱えて笑ってしまった。

 爆笑している彼女を横目に、俺たちは席を立った。


「知らない人からしたら呪文みたいって思うかもしれないけど、そうでもないぞ?」

「ああ、アブラスクナメニンニクカラメ、ヤサイマシマシとかでいいんだっけ?」

「それも一種の呪文だが、それじゃあジャンルからして違う」

「そっかー」

「っていうかお前は偏見がすごいぞ。ただ頼むだけだったらメニュー見て商品名言えばいいだけだろ。そんなに長いものはオプション付けるときとかだろうし、最悪の場合指さしてこれ下さいだけでいいんだからな」


 えーほんとにござるー?


 などと半信半疑で向かった俺は、己の甘さに気づいた。

 

「マジで大したことなかった……」

「だろ?」


 やはり偏見と言うものは良くないらしい。

 俺は期間限定で発売されているピンク色のフラペチーノを手に持ちながら席に帰っていた。


 注文の難しさは家系ラーメンと大差なかったわ。

 みんなも未知なるものには慎重になれどあまり恐怖することのないようにしようね。


「なにこれ美味い」

「だろ?(でしょ?)」


 俺がストローに口をつけ、ためらいなく吸うとそこに来たのは優しい甘みであった。

 俺が率直な感想を口にすると、同意を求めるように2人が返答した。

 うん。美味しい。これならたまに来てもいいかなー。などと思っていたが、俺は注文に慣れただけであってここの陽の気に慣れたわけではなかったことを思い出す。


 1人じゃこれないな。

 せめて凛斗と一緒でないと無理だ。


 だが商品が美味しいことは事実、これからもできれば来たい。


「そんなに気に入ったの?」


 俺が黙って夢中になりながら飲んでいたからだろう、杏が興味深そうに聞いてきた。

 俺は返答のためにストローから口を離した。


「前々から飲んでみたいとは思ってたんだけど、機会がなくてね。ちょっと憧れてたからその補正かな」

「ふーん。意外とかわいいとこあんじゃん」

「そうだな。達平がここに来たいと思ってたのは意外だったかも」

「……その言い方だと、今日俺を無理やり連れてきたのは善意などかけらもなかったわけだ」

「「あっ」」


 俺が内心この店に来たいということを知らなかったということは、単純にいたずら目当てで俺を振り回したということになる。

 結果的に俺にとっても良いことがあったが、それでは納得ができんのでこちらからも少しからかってやろう。


「あーあ。折角今日2人に見せようと思ってたものがあるんだけどなー。こんなことされたら見せる気なくなっちゃうなー」


 ちらちらと2人の反応を伺う。

 どうやら興味を持っているようだ。「しまった!」というような表情をしている。


「そ、それってなんなの……?」


 結構気になってるようだ。杏が聞いてくる。


「えー?なんだろ。でも結構重大なことだということは確かだよな~。あのれもねぇどさんに関することだし……あ、れもねぇど“ママ”って言った方が良かったかな?」

「「ッ!?」」


 れもねぇどさんへの呼び方を少し訂正しただけでこの反応だ。

 まあVtuberを見ている者であれば“ママ”という呼び名が何を意味するのか分からないものはいないだろう。


「いやぁしかし、俺をこの店に入れてからかおうなんてした人たちに見せる義理もないかな~」

「くっ……。すまなかった」

「アタシも謝る。ごめん。だから見せて!!」


 ここまで謝られたら俺も許す。

 流石にこの程度のイタズラでブチ切れるような器の小さい男ではない。しかし俺が話そうとしていたことがことであったため、2人から真面目に謝罪されて俺も若干戸惑っているのである。


「分かったよそうマジにならないでくれ。少しからかっただけだって」

「からかっただけって……あんたねぇ、その話題はアタシたちにとって劇薬よ?もっと用法用量を守って使用してほしかったわ」

「それはすまん」


 杏からの小言に軽く謝罪しつつ、俺は2人スマホの画面を見せた。

 


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