不安定で不確定で、それでいて楽しい
まえがき
なんとレビューを書いて頂きました!嬉しい!
レビューを書いてくださった方もそうですが、この作品を読んでくださる皆さまに改めてお礼を申し上げます。誠にありがとうございます。
◆
視聴者との絡みも1時間強を超えたところで、俺は配信を終える。
ここ数日でチャンネル登録者も7万人を突破して調子が良い。
伸びの勢いもそうだが、この業界の不安定さも垣間見たような気がする。
何か少しでも話題となれば多くの人の目に留まり、逆に何か少しでも悪評が広まれば多くの人が離れていく。
インターネット上で活動する者の宿命。どこまで行っても他人事。
配信者と視聴者、あるいは“リスナー”。互いにインターネットという壁を介して触れ合っている。中には大勢、その壁を壊すことができる者もいよう。リアル会場で行うイベント、オフ会など。だがそれは顔を出している動画投稿者の特権であり、俺が今から足を踏み入れようとしている“Vtuber”という界隈には当てはまらない。
一寸先は闇を体現したような業界であると言える。
だが、その闇すら恐れずに突っ込んで行った者がそれが闇ではなく光だったことに気づくこともできるのだろう。
「恐ろしい」
配信を終わらせ、心ここに非ずと言った表情でデスク前に鎮座する俺はそう呟いた。
しかしその一言とは裏腹に、俺は笑みを浮かべていた。
「ほんとに愉快な世界だよな」
この世界には、尊敬に値する人物が星の数ほどいる。それに対して、反吐が出るような悪辣な輩もいる。
良くも悪くも匿名性がこの分野を発達させ、日本のサブカルチャーの発展へと繋がって行ったのだろう。
誰もが気軽に発言できるそのシステムこそ、特定のコミュニティ同士の交流を活性化させてきた。
それが今のインターネットの在り方であろう。その在り方は、俺も好ましく思っている。
特に目標もなく始めた配信者活動。それも次第に愛着が湧き、今では自分のアイデンティティの1つとして確かに確立されていた。
俺は俺であり、CHIZUでもある。
その朗然たる事実を前にしても、俺の心にあるのは誇らしさと関係者各種への感謝の気持ちだ。それはこれからも不変であろう。
▼
とあるマンションの一室、その部屋で1人の女性が部屋にあるPCとマイクに向かって話していた。
「それじゃあ今日はこの辺で、明日は天ちゃんとのコラボ配信があるから皆の衆見逃すことのないように!ではではおつへび~~」
コメント欄
:おつへび~
:おつへび~
:おつへび~
:コラボ配信楽しみ!
:おつ~
彼女が配信の終わりを告げると、コメント欄は一斉に終わりの挨拶を映し出した。
視聴者――ここではリスナーと呼ぶのが良いだろう。彼らの団結力が見事に表れたコメント欄と言えよう。
今まで続けてきたからこそのリスナーたちの団結力、配信の雰囲気、長い時の積み重ねが如実に映されたのがこの配信と言える。
彼女――蛇陀カラメは配信を終えると、一気に伸びをして凝り固まった体をほぐした。およそ4時間にわたる長時間配信の直後なのだから疲れも溜まって然るべき。だが彼女の表情は清々していた。
「はぁ~。今日も結構配信したなぁ~。でもスプラヒューンが面白すぎるのがいけないよね」
スプラヒューン。略してスプラ。
これは大手ゲーム会社が発売している据え置き型ゲーム機のカセットの名称であり、インクの塗合いで勝敗を決するゲームだ。
いくら面白いとはいえ、4時間もできるほど集中力があるというのは驚異的であると同時に、この業界では大して異常なことではないと大多数の人間が認識している辺り、また異常である。
それだけこの配信業がゲームと密接な関係であることを示しているだろう。
どこかの誰かのように雑談だけでは4時間ももたないのが現実である。だがゲームであったら、自らの集中力と時間の許す限りいくらでもできるのだ。
それが何を意味するのかと言えば、言ってしまえばお金を稼ぐ機会が増えるということである。
この考えは非常にキャピタリズム的思考であり、僻見した見方であることは紛れもない事実であるが、だが一面的ではあれどそれが事実であることに変わりない。
配信者であっても1人の人間であるのだ。誰しも自分の生活が一番大事であり、そのためにお金を気にするのは当たり前である。
しかし、彼女はその考えが極端に薄かった。
お金は大事だが、なくなったとて何とかなると考えているのである。
それもある意味で間違っていないのだろう。この社会は弱者に優しい仕組みが出来上がっている。人間としての尊厳が重要視され、健康で文化的な最低限度の生活は保障されているわけだ。
だとしても考えなしであると言わざるを得ないのだが、しかしその考え方こそ彼女を彼女足らしめている。
蛇陀カラメの根底にあるのは圧倒的な好奇心。
利益度外視で面白そうと思ったことは何でもやってしまうのが彼女の在り方であるのだ。
このあり方であったから、Vtuber黎明期という世間からの風当たりが強い時であってもたたらを踏まずに活動しようと思ったのだ。
そしてこの在り方は、多くの人にとって見ていて清々しいものだった。
自分がやりたかったことを楽しそうにやってくれる人というのは、見ていて心地が良いものだ。
故に彼女に人気が出るのは必然と言えたのかもしれない。
「あーやりたいことが多すぎる!コラボしたい人もまだまだいるしなー」
スマホを見ながら彼女はぼやく。
馬鹿と天才は紙一重というが、そうなのだろう。
馬鹿と言えるほどの好奇心を持ち、一種の才能と言える行動力があるのが彼女だ。
いつの時代も、先駆者というのは強烈な個性の持ち主であるのかもしれない。
◆
ちょっとシリアスだったかな…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます