世間って意外と狭ぇ

 俺のVtuber化計画が始まってすぐのことだ。

 俺の友人の凛斗とその彼女に呼び出されていた。

 場所は大学内である。


「なんの用でござんす?」


 凛斗の彼女。名は西園寺杏さいおんじあんという。

 彼女を初めて見た人ならば十中八九、大人しそうという印象を抱くだろう。

 凛斗と杏、2人に呼び出された俺は2人に対して何用か聞いた。

 最初に口を開いたのは凛斗であった。


「あー、達平は配信者だろ?」

「せやな」

「杏もこのことは知ってるだろ?」

「せやな」

「杏の友達がな、配信者なんよ」

「ファッ」


 なんとびっくり。友達の友達が同業者であったとは。思った以上に世間は狭いね。

 と言うよりそんな衝撃的な事実を告げられて何を言われるのやら、今から気が気でない。


「その子をここに呼んでるらしいんだよ。そろそろ来る頃なんじゃないか?なぁ、杏」

「そうね。もう約束の時間だよ」


 カップルである2人がそんな会話をしている。


「あのぉ~めっちゃ驚いたんだけど、なんで2人はそう何事もなかったような感じなん?」


 俺としては結構な一大事だったんだが?

 同業者と会わせられるとか今までなかったし緊張する。


「ん。すまんな」


 凛斗から謝られる。軽い。


「いや、まあいいけどさ~。ってかその杏の友達はなんで俺と会うことになってんの?」


 同業者だからという理由だけではないだろう。

 俺が配信者であることを杏がこれから来る同業の方に言うとも思えん。何か並々ならぬ理由があるのだろうか。怖いんだが。


「それは彼女が来たらアタシから説明するよ」

「あ、そう?」


 杏がそう言ったので、俺としてはこれ以上詮索する気にはならない。

 目の前のカップルがワイワイ談笑しているのを見ながら、そろそろ来るのかななんて思っていたら、杏から話しかけられた。


「達平は最近伸びてるらしいじゃん?」

「そうやね。あ、だからと言って伸びる方法とか俺に聞かれても分かんないよ?」

「それは知ってる。カラメちゃんのおかげだもんね」


 知っとったんかワレェ。

 だが同時に、これから来る同業者さんの目的が俺に何かアドバイスを求めているというような類のものではないと知って安心している。


 俺がバズったのは偏にカラメさんのおかげだし、バズる方法とかマジで分からん。

 インターネット上で活動していれば、本当に些細なことで上がったり下がったりするのはみんな知っているだろう。俺とて例外ではない。


「あ、来た来た。おーい、恋歌~!」


 どうやら今日の主役が来たようで、杏が立ち上がって名前を呼んでいる。

 それに気づいてこちらに来るのは、丸い眼鏡を掛けた女性だ。第一印象は小動物のようなこじんまりとした柔らかさを持つ人と言った感じだろうか。

 

 恋歌と呼ばれた女性が杏の隣に来ると、すかさず杏が俺に対して紹介してくる。


「この子は緑谷恋歌みどりたにれんか。達平と同じ配信者ね。で、こっちが草深達平ね。顔出ししてない雑談配信しかしてない人」


 おっと?俺に対する紹介文に些か棘があったような気がするのだが俺の気のせいですかね。

 そう思っていると凛斗が噴き出した。全く、気のせいではなかったようです。悲しいなぁ。


「えっと、草深達平です。ネット上ではCHIZUという名前で活動しています」


 俺は少し不満を抱きつつも緑谷さんに自己紹介をする。すると向こうもすぐに返事をしてくれた。


「えっと、緑谷恋歌です……。秋月しゅうげつミクルという名前で活動しています」

「え?」


 秋月ミクル……?

 ボクこの人知ってる!Vtuberだ!


「え、えっと……どうかしましたか?」


 俺が驚いてしまったので戸惑っているのか、ミクルさんは不安そうにこちらを伺っている。


 おっといけない。


「ミクルさんでしたか。存じております」

「えっ!?」


 秋月ミクルさんと言ったら、チャンネル登録者5万人を誇るVtuberだ。

 なんだ5万人かと、そう思った君は己の浅はかさを恥じよ。この人はたった1年、しかも個人でチャンネル登録者数を5万人にまで増やした人だ。俺のようにカラメさんのような大きな影響力を持つ人による他力本願寺を建設したわけではないのだ。(他力本願ではないということ)

 さらに、企業に所属しているわけでもない。正真正銘己の力で勝ち取った数字である。


 己の力だけで、この何百何千といる配信者業界で、チャンネル登録者を万という桁まで持っていくのは結構大変なのだ。

 まず滑舌が悪かったら配信者として見向きもされないからな。俺も初めのころは滑舌のトレーニングとか発声の練習とかしたわ。


 やり始めは配信者とか喋ってるだけだろ?なんて侮ってたけど、いざ始めてみて自分の配信を見返すと酷いもんだった。黒歴史なんてもんじゃないね。


 ……思い出したくもないものを思い出してしまった。


 そんなことはどうでもよくてだな。目の前のミクルさんは凄い人なんだよ。


 そんな感じで俺が尊敬の念を抱いているわけだが、ミクルさんは俺が認知していたことに驚いている様子だ。


「いやぁ、時間があるときに見させてもらってますよ。俺、あの毒舌好きなんですよねぇ~」


 ミクルさんの魅力は何といってもその包容力のある魅力的な声とそこからたまに発せられる本人無自覚の毒舌。あのギャップが面白いのだ。

 なお、ネット上では紳士の皆さんがその毒舌をたいそうお気に入りのようなのだ。


「え、あ、ありがとうございます……」


 俺の押しが強かったのだろうか、俯いてしまった。

 ちょっとまって、俺そんなにデリカシーのないこと言ったっけ?やばい、初対面の女の子にこんな態度を取られるとかなにしたんだ俺。


 マジで焦っていた俺に助け船がよこされたのはすぐのことであった。


「恋歌って、現実リアルじゃ人見知りなの。でも本来?の性格は配信上のものだよ」


 杏からそんなフォローが来た。

 安心した。


「それで、恋歌が達平にお願いがあるんだって」


 杏がそんなことを言う。


 俺にお願い……だと……!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る