#5
ザザ―
目を覚ましたらまだ六時半だった。いまだ嵐は降り続けていた。ホールに行くと占部さんはまだ寝ていた。起こすのは気が引けたので引き返して部屋に戻り、持ってきた何冊かの本を読み始めた。ちょうど一冊読み終わったころだった。
コンコン
「はい」
ドアを開けると、先生がいた。
「おはようございます」
少しびっくりしていう。
「おはよう。もう九時だからホールに行こうと思って。支度はできてる?」
「はい」
ホールにはもう橋谷さんと占部さんが起きていた。
「おはようございます」
「あっ。おはよう」
「奈森さんは」
「まだ寝てるみたいだよ」
確かに彼だけいない。
「教授になって時間にルーズになったからね。それに疲れてるんじゃない」
「もう少し寝かせておきましょうか」
「起きてくるのを待つ間トランプでもする?昨日はあんまり遊ぶ時間なかったし」
「おっ。いいね」
「はいっ」
トランプやオセロその他にのめりこんでいるうち、十二時になった。奈森さんはまだ来ていない。
「奈森君遅いね」
「僕様子見てくるわ」
橋谷さんが立ち上がった。そして、中断していたゲームを彼抜きで再開しようとしたとき。
わぁぁあ
橋谷さんの声が聞こえた。全員が手を止め、声の聞こえた奈森さんの部屋を見た。橋谷さんが驚いて、腰を抜かしているのが見えた。
直後に先生が走り出した。占部さんと僕もそれに続く。
「どうしたの」
「大丈夫ですか」
「あ、あぁ」
階段を登り切った時、目に入ったものを見てぼくは目を疑った。
そこには変わり果てた奈森さんの姿があった。
彼の左胸には深々とナイフが突き刺さっていたであろう傷があった。流れ出した血液が白いワイシャツに丸いしみを作っている。奈森さんの上半身は、元はドアに立てかけられていたのだろう部屋からはみ出していた。
周りを見渡す。凶器と考えられる果物ナイフは机の上に無造作に置いてあった。その刃は真っ赤に染まっている。
「触るな」
奈森さんに近づきかけた占部さんに先生が言った。びくっとして彼女が立ち止まる。
部屋のドアはちょうど一人分が通れるほどの幅だった。奈森さんを刺した後、ドアに立てかけて隙間から出ることはできないのだ。この部屋は密室といえるのである。
「誰か、警察に連絡を」
「ここは携帯圏外よ」
「じゃあ固定電話があるはずだ。それで連絡してくれ」
それを聞いて占部さんが駆け出した。
「電話がつながらない」
彼女はそう言った。
何があったのだろうか。ぼくと橋本さんと先生も走っていく。
先生も試したが、つながらないようだった。
「どこかでコードが切られているのかもしれない」
「そんな」
橋本さんが青ざめる。
「警察が来れない」
「岸野君に捜査してもらうしかないわね」
「先生、お願いします」
「分かった。じゃあ、ホールに戻ってくれないか。私と霧島くんで調べてみる」
「ああ、占部さんは残ってくれ、手伝ってほしい」
占部さんは見たところおびえているようだった。それもそのはずだ。小説では書いていても、実際に殺人現場を見た経験などないはずなのだから。
橋谷さんは納得したようではなかったが、ホールの座席に戻った。ついさっきまで騒がしかった館に沈黙が舞い降りた。
そうこうしているうちに先生が遺体を調べ始めた。遺体に触って、温度、死斑、死後硬直について調べる。
検視が終わったようで、先生が立ち上がった。
「たぶん死亡推定時刻は午前零時から二時ぐらいだ。その間に果物ナイフのようなもので刺殺されている」
「ええ、たぶんあっているわ」
横で見ていた占部さんも付け足す。彼女は小説を書いている都合上、法医学の知識も少しはあるはずだ。死亡時刻はそのくらいなのだろう。
「でも、どうやって」
「部屋からは出られないはずじゃ」
ぼくと占部さんが疑問を口にする。
「なんでだろうな」
「部屋の中も調べてみるか。占部さんはもう戻ってください」
「ええ。わかった」
よろよろした危なげな足取りで彼女は階段を下りて行った。
ぼくは先生について、部屋に足を踏み入れる。一夜泊まっただけなのに、部屋の中は思ったより乱雑としていた。犯人と争いでもしたのだろうか。
しかし、血液は彼がもたれかかっていたドアや、その床のほかにはついていなかった。
奈森さんは、整理整頓があまり得意なたちではなかったのだろうか。使用済みと思われるバスタオルや洗面用品も乱雑に床に置かれていた。
クローゼットは半開きで、着てきた上着や服がかけられていた。
先生は、下手のクローゼットの中や、引き出しの中、バスルームなど一通り見て回ったところで部屋を出た。
「もう大丈夫なんですか」
「いや、また見るよ。ここには鑑識も、検査キットもないから、早急に集めなければならない証拠品はない。指紋はほっておいても消えないし。いったんホールでみんなと整理したい」
「はい」
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