#6

 ホールでは、占部さんと橋谷さんが向かい合わせで座り。うつむいていた。先生が椅子に座ると同時に口を開いた。


「まだ受け入れられていまいかもしれないけど、現状の確認を行おうと思う」

「まず、奈森君は刺殺された。これはほぼ間違いない。彼の胸には凶器のナイフで深々と刺された

であろう傷があった。これは自分では到底できないだろう」

 占部さんが思い返したようで、顔を伏せた。


「凶器のナイフについて聞きたい。占部さん、あれはどこにあるんだ」


「厨房よ。包丁たてのところにしまってあるわ」

 確かにあった気がする。


「それを最後に見たのは」


「覚えてない」


「橋谷君と霧島君は」


「俺も覚えてない」


「僕もです」

 不甲斐ないと思いながらも返事をする。


「じゃあ、誰でもいつでも持ち出せたうえに、いつ取られたかわからない、か」


「そうなりますね」


「午前零時から二時の間、アリバイを持つのは」


「俺は占部さんとずっと話してたよ。部屋に戻ったのは三時半ぐらいだったと思うけど」


「間違いはない?」

 占部さんにも確認を取る。


「ええ、私もそう憶えている」


「誰かホールを通るのを見た?」


「いいえ。話に夢中になっていたけど誰か通ったら気づくと思う」


「私と霧島くんにもアリバイがある。あの後、占部さんと橋谷君が何も見ていないから、ぼくと霧島君は奈森さんの部屋に行けない」


「じゃあ誰が…」


「館の外に誰かいるのかも」


「そうだとしても、どうやって刺したんだ?窓も閂がかかっていたし、どこも濡れていなかった。この嵐の中館の外から入ると、びしょぬれになっているはずだ。どこにも跡がついていないのはおかしい。そのうえ、犯人はどうやって奈森の部屋の場所、奈森が部屋にいることを知ったんだ?」


「そうだね。無理がある。じゃあ、館の中にいる人が犯人ってことになるのか」

 顔を少ししかめて橋谷さんは言った。


「わっ、私はやってない。アリバイもあるし、第一殺す理由がないわ」

 慌てて占部さんが顔を振る。


「誰もあなただとは言っていません。少し落ち着いて」


「落ち着けるわけないでしょ。この家の中に殺人犯がいるかもしれないなんて。橋谷くんは平気なの」

 だいぶ参っているようだ。占部さんの肩はずっと震えている。


「そんなわけないでしょう。ぼくだって動揺してるし悲しいよ。でも、焦っても何もならないでしょ」


「そうだけど」


「橋谷君の言った通りです。少し落ち着きましょう。今焦っても何も始まらない」


「そうね」

 落ち着くと言っても四人の中に殺人犯がいるのだ。そうすぐに冷静になれるはずがなかった。


「俺たちの中に犯人がいるつってもどうやって部屋から出るんだよ」


「そうだな。それがわからないことには先に進まないが、それはひとまず置いて動機の話に移ろう。まず、霧島くんにはないとは言い切れない。この犯行が計画的かどうかはわからないからね。彼はこの集まりに誰がいるか知りえなかった。だが、着てから、恨んでいる相手を見つけたのかもしれない」


「ほか動機ありそうな人いる?」


「わからない。この一年ほとんど連絡とってないし」


「俺もだ。確執も生まれようがない」


「僕も同じだ。たとえ動機があったとしても、おそらく調べても分からないだろう。じゃあ、密室の謎を解くしかないか」

 また問題は最初に舞い戻った。


「今のままじゃわからない。もう少し調べて考えたいから。それぞれの部屋に戻ってもらって大丈夫だ。思い出したことがあったら随時言ってくれ」

「あと、それぞれの部屋を調べたいのだが、いいかな。付き添ってもらって構わない」

 そう言って先生は立ち上がった。


 二人とも、しょうがないなと言うようにうなずいた。


「じゃあ、調べるときになったら呼ぶから」


 先生の言葉で、占部さんと橋本さんは、ぼくや先生と同じ側の一階の部屋にそれぞれ入った。自分の部屋に戻られると、証拠隠滅の恐れがあるからだ。ぼくも、部屋に入り自分なりに考えてみようとした。が、さっぱりわからない。


 そのうち先生に呼ばれて、ぼくの部屋も調べた。


「霧島くんの部屋相変わらず綺麗だね」


「ありがとうございます。ところで先生、何か分かりましたか」


「気が早いね。ただ、だいたいはわかったよ。後でいくつか調べたら完全にわかると思う」


「えっ。さすがです」

 ぼくはさっぱりなのにもう事件の構造が分かったというのか。さすが先生。


「今回は、少しわかりにくいからね」

 そう言って少しほほえむ。たとえ簡単でも僕はわからなかっただろう。


 殺人があったのにもかかわらず少しほほえんだ先生の不謹慎さには触れずにぼくはそう思った。

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