Dancer in the Dawn

伊島糸雨

Dancer in the Dawn


 時間経過とともに変容する音楽と、かたわらの彼女が織りなす身体表現の流動性。過去二十年余り、わたしはそうした主張が何よりも馴染まない女だった。わたしはわたしとして蠢きを拒絶していたし、それどころか他者のそれを疎ましいとさえ思っていた。溶け合い難い断絶があり、わたしはどうしようもなく今この大地の向こう側へと歩んでいくことができなかった。そのような形が嫌いだった。醜いと、不可解によって足元を舗装していた。それは今も変わらずわたしの中にあり、うぞうぞと蠕動を続けている。彼女の存在はわたしを強固に変えるものではなく、強要されないただ誘うような曖昧さをこそ、わたしは愛おしく思っていた。

「ほら、見て」

 伸ばされた手がわずかに触れて、するりと遠く逃げ去っていく。追わないわたしを彼女は嗤わず、緩やかに微笑みを浮かべるばかり。するすると抜け去っていく関係はどこにいても変わらなかった。追えないわたし。滑らかなステップで回り踊る彼女。内臓と骨が揺れる感覚。窓の外で都市は眠り、おそらくは眠れない、眠らない愚かな人々だけがこんな場所に蟠っている。わたしは今ここにいる。連れてくるのは、いつも彼女の方だった。

 吸いかけの火を分け合って、同じグラスを回し飲む。生活の共同とはそのような些細な共有の積み重ねにあり、少なくともわたしはそれで満足だった。完全に溶け合う必要はなく、緩やかなマーブル色の混淆で喉を潤していられるのなら、それこそが最善だと信じていた。

 十全の幸福はいつも眩く熱く手に余る。だから、ひと匙ほどの多幸感の、その幻想を見せてくれる存在が、なによりの大切だった。「争う必要はどこにもないよ」背中のかき傷などないかのようにうっとりとした表情でわたしを見つめる、瞳。おいで、おいで。誘い招きけれど決して掴ませないその腕を、この手で折れたらと夢想する。彼女はするりするりとわたしを惑わし拐かす。掴んだ時、骨の浮いたその肋を抱えたが最後、二度とわたしに微笑まない真夏の夜の蜉蝣かげろうのように。

「大丈夫」

 わたしは赤子のように蹲り、腕の中で嗚咽する。わたしの弱さをどうか許してください。この浅ましさをどうぞ裁いてください。わたしがわたしのまま変わらぬように、わたしたちの永遠が約束されてありますように。

 大丈夫。

 彼女は歌う。彼女は踊る。この灰の腕から逃れる彼女を、わたしは生涯捕まえること能わない。

 けれど、そんな馬鹿げた関係だけが、唯一わたしたちを繋ぎ続け、愚かなわたしを生かし続ける。彼女はわたしを必要とせず、それゆえこうして、わたしの身体を抱いていられる。黎明が幾度わたしたちを照らそうとも、決して溶け合うようなことはなく。

 だから、わたしは今も愛している。踊り子と観客の距離を保ち続け、時折触れ合うその刹那にだけ、確かな意志を夢想する。わたしはいつまでも見つめている。追うことも掴むこともできないまま、いつかの終わりに至るまで、棒立ちのまま佇んでいる。

 わたしだけが、わたしひとりが。

 これまでも、これからも。

 変わらず、ずっと。

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Dancer in the Dawn 伊島糸雨 @shiu_itoh

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