神様の空

よもぎ望

神様の空

 この国には天気予報が無い。神様の気分でその日の空が決まるから。

 今日の空は黄金色。白くてふわふわした雲が重なって、泡が多めのビールに見える。金曜日は神様も疲れて飲みたい気分なのだろうか。空を見上げていたら私も一杯飲みたくなってきた。焼き鳥、レバニラ、たこわさにあさりの酒蒸し。あれこれつまみを考えていると仕事終わりのお腹がぐぅと音を上げる。

 空腹に従うまま帰り道にある居酒屋を数件覗くが、考えることはみんな同じらしい。ビール片手に談笑する、仕事終わりなのであろう人達でどこも満席だった。仕方なくコンビニで缶ビールとつまみを2、3種類買って家に帰った。黄金の空を眺めて飲む一杯は、いつもの安酒でも特別美味しく感じた。


 この国の建物には色が無い。空が綺麗に見えるように、と神様が色を塗らなかったから。

 今日の空は桜色。空の色が町中に反射して淡く色づいている。暖かな風とともに紙吹雪がひらひらと舞って、私の髪や服を華やかに飾っていく。桜の花びらみたい、なんて肩に乗ったそれを1枚つまんで笑った。あちこちに紙吹雪が張り付くのは少し面倒だが、今日みたいな日は好きだ。国中が明るくて、自然と気持ちが華やかになってくる。

 いつもと雰囲気の違う街並みを見ながら歩いていると、突然踏み出した足が地面を滑った。バランスを崩して思い切り尻もちをつき、咄嗟についた両手も一緒にヒリヒリと痛む。地面には今も降り続く大量の紙吹雪が絨毯のように広がっていた。前言撤回しよう。紙吹雪が降る日はかなり面倒だし、痛いし、少し嫌いだ。


 この国には星座が無い。太陽と月以外は必要無いと神様が言ったから。

 今日の空は墨色。窓の外はインクで塗りつぶしたように真っ暗で、手元のライトがなければ自分の身体がどこにあるのかも分からなくなってしまう。停電しているらしく、いくらスイッチを押しても部屋の明かりはつかない。墨色の空の日は外出禁止。学校も会社も休むようにと法律で決まっている。休みとは言っても、停電しているからできることは少ないけれど。

 朝食を済ませてライトの灯りを頼りに本を読む。時間を忘れて読み続け、ライトの充電が切れる頃には積み重なっていた本の山は半分ほどになった。蓄電装置に充電ケーブルを刺し、黒く染まるベッドへダイブする。灯りがなければ何も出来ない。暗闇をぼんやりと見つめて、そのうち、闇に溶けるように眠りについていった。


 この国には昼夜が無い。神様が決めた空は1日中同じまま、0時にしか変わらないから。

 今日の空は翠色。風に乗って運ばれるしゃぼん玉と空に浮かぶ大きな白い月で、まるでこの世界がクリームソーダに沈んでしまったみたいだ。朝起きてカーテンを開けた時には、その鮮やかさに心が躍った。子供の夢を詰め込んだような最高の空だと、それはもううきうきで外に出た。

 そうして今、私は酷い眼精疲労に襲われている。あんなに嬉しかったはずの翠色は社内の書類やPCの画面を鮮やかに染め上げ、時間が経つ事に私の眼を痛めつけてきた。カーテンを閉めて蛍光灯の明かりを使えばなんてことないのだろうが、自然光推進派の我が社は電気代の節約だなんだと言って許してくれない。昼休みの一時間をホットアイマスクでの疲労回復に費やした私は、午後の業務に向かう途中で、煌々と輝く眩しい空をキッと睨みつけた。



 この国には空が無い。私たち人類は地下シェルターで生活しているから。

 200年前の大きな戦争が起きた。生物兵器を使用したこの戦争により、地上の95%が汚染され、生きる場所を失った人類は地下での生活を余儀なくされた。

 無機質なシェルターの天井を照らす大量のライトは、天色の空を映し出している。私たちが空と呼んでいるこれは、人類の生き残りでありシェルターを作った救世主〝神様〟のちょっとした遊び心らしい。地下生活で気が落ちないよう本物の空よりもカラフルに、明るく。時々何かが飛んだり浮いたり、飽きない工夫も入れながら。まあ、面倒な紙吹雪の片付けや目に痛い色もあるが、この空のおかげで私たちは明るい気持ちでいられるのだ。〝神様〟にも空にも感謝している。

 それでも時々、本物の空はどんなだろうと考えてしまう。きっと本物の空はもっと落ち着いた色をしているのだろう。電気設備の工事で一日中暗くなることもないし、眩しい明かりに目を痛めることもない。小さな電球のような星が頭上で輝いて、希少な水がたくさん降ってくるらしいと本で読んだことがある。

 あれこれ外の世界に思いを馳せながら空を見上げる。天井から吊るされた綿製の雲が天色を乗せながらゆらゆらと揺れていた。地上が浄化されるまであと220と7年。


 私は今日も、神様が作った美しく空の下で生きている。

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