第六話 顔を忘れた宰相の賓客
次の日、午前中の座学は暖宰相に来客があり、
「
「ヒイロは昨日から浮き足立っていたからなぁ。まあ、僕もそうだけど」
「おまえたち、魔術なんて習ってどうするんだよ。この国は武術の国なんだぞ。魔術が使えたって意味がないだろう」
蓮は宰相から魔術を学べることを、心待ちにしているが、
「意味はあるよ。魔術で戦っている国だってあるんだよ」
「魔術の国ならそうだろうが。この国じゃあ、魔術を教えてくれる人なんていないし、中途半端な魔術士だったら
「ううっ」
確かにそのとおりだ。
また、武術の兵士とくらべて人数も圧倒的に少ないため、きちんと習得できるかどうかもわからない。例え、魔術士として軍隊へ入っても、補佐的な役割になると聞いていた。
そのことを話していた暖宰相は、どこか寂しそうな顔をしていたのを思い出す。
午後になり、しかたなく自由時間の練習をするために外へ出ると、広場にいた宰相から声をかけられた。
「遅くなってすみません。今日はお客さまのご厚意から、皆さんに魔術を教えていただけるそうです。みなさんもこれから礼拝堂に集まってください」
「「はい!」」「はい……」
私と蓮は大きな声を出す。
やはり、宰相は覚えていた。蓮も私も午後の自由時間をどれほど待ちわびたことか。
ふと見ると、宰相の横には女性が立っていた。真っすぐな髪は動きに合わせてサラサラと揺れる。それに合わせて光が反射した艶のある茶色い髪が、淡いオレンジ色のワンピースの上で輝いている。この国の人はほとんどが黒髪のため、非常に印象的だ。背の高い宰相と対照的で彼女の身長は宰相の肩よりも低くかった。
しかし、彼女の顔は覚えていない。なぜなのか、わからないが。
彼女が私を見て笑顔を見せる。その瞬間、彼女の小さな体からは想像できない圧倒的な何かが迫ってきた。背筋が寒くなり、思わず後ずさる。
そのあと、三人で礼拝堂へと向かった。
礼拝堂は大きな屋根で、四階建てと同じ高さがある木造建築。入り口の扉は人の三倍の高さはある。
扉の上の壁には、丸い円に上から『Ά』、『θη』、『νά』という文字のようなデザインの紋章が描かれていた。
扉から入ると屋根裏まで吹き抜けになっている。高い天井に音が吸い込まれているように静寂が漂い、止まった空気は古い木の匂いがした。
入り口付近は両側が壁のため薄暗いが、奥には左右にステンドグラスがはめ込んであり、外の光が差し込み明るくなっている。
もっとも明るい最奥は祭壇になっており、中央に人間の背丈の三倍はある重厚な真っ黒な木製の箱がそびえ立っている。その箱の表面には入り口と同じ大きな紋章が刻んであり、箱の重厚さを、より強調していた。
より祭壇で目を引くのは、箱の斜め前に立つ女性を形どった黒銅色の艶のある像だ。短い髪が風に向かっているかのように後ろになびき、目鼻立ちがすっと伸びた端正な顔立ちをより強調している。彼女の右手は長い杖を握っており、それを前に突き出しながら、何かを叫んでいた。
この国の神の名は『アテーナー』武術の神として
私たちは礼拝堂のなかに作られた小部屋へ入る。まだ先生は来ていなかった。
――どんな魔術を教えてくれるのかな? 本当に魔術を使えるようになのかな?
魔術で物を動かせることは知っている。兵士のなかにも魔術を使える人がいて、たまに重い物を魔術で動かしているのを見たことがあった。
宰相の話では、魔術で他にもできることがあるという。ただ、魔術はその人の特性や練習によって使える種類や量が変わると聞いた。
この国の兵士は魔術を使う人が少ない。魔術を軽視しており、練習していないのが理由だ。
自分の実力はわからないため、不安はあるのと同時に、いろいろな魔術が使える可能性に心を躍らせる自分がいた。
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