第五話 忘れられた世界の条理

 この世界の人間には寿命がない。この世は『ウラヌス』と呼び、ウラヌスに出現することを『新生しんせい』するという。この世界の人々は新生してから姿かたちが変わらない。つまり、体が成長も老化もしないのだ。ただ、鍛えると筋肉質になったり、運動をしないと太ったりする。

 そして、私たち三人が着ていた白い服は、新生したばかりの者が着る服だった。つまり、助かった三人はいずれも新生したばかりということ。

 人間は新生により出現するため、その場所に暮らす人たちが親となり、一緒に暮らして教育する。

 私たち三人も荒野近くの村落に新生したが、すぐに家族全員がいなくなってしまった。そのため、水無月みなづき城で引き取ることになったとのこと。


 ではなぜ、家族がいなくなってしまったのか?

 実は、この世界は永遠の人生を送れる楽園などではなく、敵対する木人(トレント)と戦い続けている。荒野近くに、兵士の駐在する城が築かれたのは、すぐにトレントの急襲に応戦するため。

 私が新生した村落に転がっていた木の幹も、実はトレントだった可能性がある。


 人間はこの世で命を落とすと、別の世に行くと考えられている。命を落とすことを『遷化せんげ』と言い、別の世のことを『クロノス』と呼ぶ。

 遷化によってクロノスに行った人間は人生を送り、終わると再びウラヌスに新生するという。

 愛し合った男女が一緒に遷化するとクロノスでは幸せな人生を送る。しかし、トレントなどに襲われ、無念のまま遷化してしまうと、クロノスでは不幸な人生を送ると信じている。


「この世界の説明はこのくらいにしておきましょう。同じ境遇の三人ですから、これからは手を取り合って生きていってください。まずは自己紹介からしましょうか」


 宰相は、難しい話が終わると穏やかな顔に戻り、自己紹介を始めた。


「私は水無月みなづきだんです。この国の宰相をやっております。本来は坡弟主はです将軍がこの国を治めていたのですが、今は不在ですので、私が代理を務めています」


 宰相は自己紹介が終わると、手のひらを上に向けて私を指し示した。


「では、次はあなたから、お願いします」


 次は私の番だ。とはいえ自分の名前くらいしか説明できなかった。


「私はヒイロです。それ以外わかりません」


「では、お隣の方」


 この自己紹介でよかったようだ。宰相は隣に座っている人を指した。


「俺は陽翔はると


 陽翔はるとは快活な声だ。ここへ来るまで、みなと准尉や兵士の人と積極的に話をしており、社交的な性格だ。

 大きな丸い目が特徴で非常に気さくな感じの顔だ。ただ、彼のショートカットの黒髪は、村落で砂ほこりのなかにいたのかボサボサのまま。さきほどの兵士たちのように鍛えてはいないが、体形はがっしりしており、背丈は私より少しだけ大きい。


「僕はれんです」


 蓮は少し警戒した声で名乗る。私と一緒で、ここに来るまでは、あまり声を発しなかった。

 ただ、たまに話すときは理論的で適切な言葉ばかりだった。細い目とシュッとした顔は理性的であり、七三に分けた黒い髪がよく似合っている。体形は痩せており、背丈は私とほぼ同じだった。


「ありがとうございます。ここでは国の名前が名字となります。ですから皆さんは、水無月みなづきヒイロ、水無月みなづき陽翔はると水無月みなづきれんです。これからは私を父親だと思って何でも聞いてください」


 そう言って暖宰相は私たち三人を優しく迎え入れた。


――――――――


だん宰相。どうして人間とトレントは戦っているんですか?」


 水無月みなづき城での生活が始まったが、知りたいことが多数あったため、宰相に質問ばかりしていた。


「それは難しい質問ですね。私も答えはわかりません。ただ、ひとつだけ言えるのは、人は知り合いをトレントに傷つけられればトレントを恨みます。それと同じようにトレントも知り合いを傷つけられれば人間を恨むでしょう。それが長い年月の間、続いているのですよ」


「じゃあ、何かが理由で戦っている訳ではないのですか?」


「はるか昔のことなので、知っている人はほとんどいませんが、本当はささいもないことだったかもしれませんね」


 宰相の言葉に少し希望が見えた。大した理由もなく戦いが始まったのであれば、仲直りできる可能性もあると。希望を口に出してみる。


「もし、そのささいなことが解決すれば、人間とトレントが仲良くなれるかもしれませんね」


「はっはっ。そうなれば、この世も素晴らしい世の中になるでしょう。ぜひ、そんな世界をつくってください」


 そして、宰相は少しだけ顔を引き締めてから続ける。


「ですが、トレントはしゃべりません。何も言わずに人間を襲ってきます。それは防がないといけません」


――トレントはしゃべらないのか……。


 トレントから身を護るためには、非常に強くなる必要がある。私たちの新生した村を襲ったトレントを追い返せるくらい。


「強くなるには武術の練習だけが必要なのでしょうか? 魔術では強くなれないのでしょうか?」


 この世には魔術というものがあると暖宰相が教えられた。しかし、水無月みなづき国は魔術より武術を優先しており、練習場にいる兵士たちは武術の練習をしているところしか見たことがない。


「いいえ魔術でも強くなれますよ。この国は武術を重視しますが、他の国では魔術を重視する国もあります。その国の兵士たちは魔術でトレントと戦っているのです」


 暖宰相は私を見ながら話していたが、その目はどこか遠くの場所を見ている。


「では、魔術でも強くなれるのですね!」


 私は魔術でトレントと戦っている人がいると聞いて安心する。私の顔は満面の笑みを浮かべているに違いない。

 魔術が得意な訳ではないが、非常に興味があり、使えるようになりたいと思う。


「ヒイロは魔術に興味があるのですね。では、明日の午後の自由時間は魔術の練習をしましょうか?」


「はい。よろしくお願いします!」


 思わず大きな声を出していた。



 ここでの生活は、午前中に教養の勉強をし、午後は自由時間として自分たちの好きな練習をすることになっている。自由時間というより自主トレーニングだ。

 武術が好きな陽翔はるとは毎日武術の練習ばかりしている。一方、武術があまり得意でない蓮は魔術を使えるようになると頑張っていた。

 私はというと、ほとんどは陽翔はるとの練習相手だ。ただ、蓮のやっている魔術の練習に非常に興味がある。蓮が『やったー』と大声を上げると陽翔はるととの練習を放置しで蓮のところに行くことが何度もあった。そのたびに陽翔はるとに怒られている。

 しかし、明日は宰相から魔術を学べる。


――さっそく、陽翔はるとと蓮に知らせないと!


 私は地に足がつかない状態で、陽翔はるとと蓮のところに走っていった。

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