第四話 新生した三人の孤児

 この世界の最初の記憶。それは誰もいない村落に一人でたたずんでいた記憶だ。


 黒い大地には幹の途中から折れたり、ひしゃげたりした多数の木々が転がっている。それらの木々は大きな力を加えられ、根ごと引き抜かれている。とくに私の周りには多くの木が倒れており、さながら倒木に囲まれた木こりだ。


 少しだけ離れた場所から向こうは、真っ白な大地がどこまでも続いている。ここの黒い大地との堺目は左右に延々と伸びており、右手はそびえ立つ山脈の麓まで、左手は遠くに見える岩山まで続いていた。

 乾いた空気には土埃つちぼこりが混じり、大きく呼吸するたびに土の匂いが鼻を抜ける。肩まで伸ばした長い黒髪もほこりまみれでボサボサだ。口で呼吸していたのか、口のなかまで土の嫌な味がする。細長く真っ白な手のひらは大量の汗を握りしめていた。全身は水をかけたようにびっしょりであり、肌にビッタリとくっついた白い服は、いたる所が土で汚れている。

 村落にはいくつか家が建っていたが、みな壁に大きな穴が開いていたり、半壊したりしていた。人の姿がまったくない広場で、息を切らしている自分の呼吸音だけが聞こえていた。


 どのくらい、その場所にいたのだろう。息切れは収まり、全身を流れていた汗も引いたころ、遠くより男性の太い声が聞こえてきた。


「おーい、大丈夫かー」


 ゆっくりと、声が聞こえる方向に体を向ける。

 駆け寄る男はベージュ色に緑の線が入った軍服の上に動きやすい簡単な防具を着け、腰に剣を下げている。兵士だ。

 その後ろにも数人の兵士が走ってきた。


「生存者がいるとは思わなかった。よく無事でいてくれた」


 その兵士は私の前まできて、安堵あんどの表情をする。彼は歴戦の兵士なのだろう。走ってきたというのに汗ひとつかいていなかった。

 黒色短髪で、いかつい顔。鍛え抜いた肉体は筋肉が盛り上がり、がっしりとした体形だ。それを覆う防具も使い古した物だった。


「俺は、水無月みなづき軍のみなと准尉だ。君の名前は?」


「……ヒイロです」


 不思議だった。誰にも教えてもらっていないのに自分の名前を覚えている。そもそも、何も教わっていないのに相手の言葉も理解できる。


「では、ヒイロ。君は水無月みなづき軍が保護をするから心配しないでくれ。ただ、他にも生存者がいないか確認するので、もう少し待っていてくれ」


「はい。わかりました」


 私はほこりっぽい髪をかき上げる。周囲は透明な空気に変わっていたが、かき上げた髪から出たほこりに、むせっぽくなる。


「よし。全員、他の生存者がいないか捜索をしてくれ!」


 みなと准尉は必要なことを言い終わると、他の兵士たちと捜索へ向かっていった。



 今回の戦闘で村落は全滅。生き延びていたのは私を含めて三人だけだった。私たち三人は共に白い上下の服を着ていた。

 兵士たちは村落の危機を知ってすぐに駆けつけた。しかし、兵舎から歩いて一時間以上かかるこの村落へたどり着くまでに時間を要したとのこと。



 私たち三人は兵士たちに連れられて水無月みなづき城まできた。

 城とはいえ木造三階建ての大きな屋敷といった感じであり、白い壁に緑色の瓦屋根の立派な建物だ。ここを本棟と呼ぶとのこと。

 その隣には大きな屋根の礼拝堂がある。そして、本棟と礼拝堂の前には、一面に草の生えた広場があった。

 広場の向こうには広い訓練場が四面あり、さらに向こう側には切妻屋根の兵士用宿舎がある。本棟から荒野までは緩い傾斜になっており、荒野からの侵入者を阻むように、同じ形をした宿舎が入れ違いに建っていた。

 澄み切った青い空に茶色い宿舎の切妻屋根がいくつも突き刺さっている。奥まで立ち並ぶ姿は壮観だった。

 この宿舎まで含めたすべてが水無月みなづき城だ。


 本棟に入ると、『ギシッ』という床の音とともに建物の木の匂いが香ってきた。先の戦いで兵士たちが出払っているのか、本棟のなかは静かであり、外にいる人の声が遠くから聞こえている。みなと准尉に連れられてきた部屋。扉の上には『宰相室』と書いた看板がある。

 みなと准尉は、扉をノックしてから大きな声で呼びかける。


「第二連隊のみなと准尉です」


「入ってください」


 扉の向こう側からくぐもった声がした。


 はじめて入る部屋は、いかにも上層部用といった感じであり、落ち着いた雰囲気でありながらも高級そうな家具が置いてあった。

 警戒しながら部屋のなかに足を踏み入れる。


「なんと!」


 私たちが入ると部屋の奥の机に座っている男性が驚きの表情で声を上げた。


――それほど、私たちは変わっているのだろうか?


 何もかもがはじめてであり緊張もあるが、自分に自信がない。


だん宰相。荒野近くで生き残っていた三人を、連れて参りました!」


 一緒にきたみなと准尉が大きな声で叫ぶ。部屋の入り口で発した声は奥まで届いて反響していた。


「ご苦労です。彼らには私から説明しておきますから、事後処理を続けてください」


「はっ」


 だん宰相と名乗った男は、さきほどの驚きなどなかったかのように優しい顔に戻る。そして、一緒にきたみなと准尉に指示をして退出させると、部屋の中には四人が残った。


「よく、あの戦いのなか、生きていましたね。皆さんは本当に幸運です。ですが、まだこの世界のこともよくわからないのでしょう。さあ、椅子に座って少し話をしましょう」


 男は執務椅子から立ち上がり、その長身を支えるようにゆっくりとソファーまできて私たちの向かいに座る。

 オールバックの黒髪で体形は細く、その柔和なまなざしには優しさが染み出している。白いワイシャツにベージュ色のスラックスを履いており、濃い緑色のベストを着ていた。水無月城の建物も緑をベースとした色合いではあるが、同色のベストが非常に印象的だ。

 男が近づくと、何かが体を包み込む感じがする。そして、暖宰相はこの世界のことについて私たち三人に丁寧に語った。

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