第七話 息をのむ驚愕の特別講習

「私の名前は、えーと……。ナナ先生と呼んでください!」


 魔術を教える女性はナナ先生だ。なんとなくぴったりの名前だと思う。ただ、自分の名前を言うのに迷っていたのは不思議ではあるが。

 少しだけ疑問を持ったが、始まったばかりのため誰も何も言わなかった。普段はほんのわずかなことであっても突っ込む陽翔はるとも、さすがに初対面の人にはわきまえている。


「では、初歩的な魔術の講習を始めます」


 ここは礼拝堂の一角に作った十人程度しか入れない小部屋だ。午前中の座学もここでやることが多い。彼女の高い声はよく通り、部屋中に響き渡っていた。


「魔術は大きく、サウンド、メカニカル、サーマル、ケミカル、エレクトリカル、ライトに分けられます。それらを一つずつやっていきましょう」


 魔術の使い方を教えるのかと思っていたが、座学からだった。陽翔はるとが、げんなりした顔をしているのは見るまでもない。

 一方の私は、ようやく本当の魔術を目の当たりにできることに心が弾む。先生の言うことを、一字一句聞き漏らさずに聞き入っていた。


「まずはサウンドの魔術です」


「「「えっ!」」」


 三人一斉に驚きの声を上げた。先生の口は動いていない。その声は先生が右手に持つ杖から聞こえてくる。声色は女性ではあるが、人とは異なる冷たい声だった。


――これが魔術なの?


 てっきり魔術はトレントを倒すために使うのだと思っていた。おそらく、蓮や陽翔はるとも同じことを考えていたはずだ。初っ端から先生の講習に心を奪われる。


――魔術士にとって、これくらいは初歩なの?


 いきなり衝撃的で、何か熱いものが体を流れていく感覚があった。これが初歩だというのであれば、これまで私たちが練習してきたのはお遊びだ。


 私の戸惑いなど構わず講習は進んでいく。


「次はメカニカルの魔術です。これは皆さんも見たことがあるでしょう」


 ナナ先生は右手に持った杖を目の前の教卓へコツンと当てた。先生が杖を上へと持ち上げると、教卓も杖にくっついて宙に浮く。

 そのまま杖に連れられ、音もなく部屋の隅に着地した。

 確かに魔術の得意な蓮も小石くらいであれば動かせる。そのくらいの魔術は見せてもらって自分でもやってみた。ただ、小石一つを動かすにも、石が動くことを長い間イメージしながら精神を集中させて、ようやく動いたのだ。話のついでに、よほどの力を入れないと持ち上げられない教卓を、動かせるもものではない。

 この時点で三人の声はなくなった。



「次はサーマルの魔術です。これも見たことがあるのではないでしょうか?」


――今度は何が起こるの?


 もう、手のひらは汗でぬれている。体中の毛が逆立ち、背筋に冷たいものが走る。


 私たちのことなどお構いなしと言わんばかりに、先生はどこから拾ってきたのか、数枚の枯れ葉を空中に舞い散らした。

 先生の振った杖が枯れ葉に触れると、空を舞う枯れ葉は一瞬にして発火する。まるで自分から火を吹いたかのように燃えながら落ちていった。そして、床に落ちることもなく燃え尽きる。



「はい、では次はケミカルの魔術です。えーっと……」


 もう、頭が追いついていけない。しかし、次に何が起こるのか興味津々だ。あれほど嫌がっていた陽翔はるとも食らいついて見ている。

 ただでさえこの国では、魔術を卑下している。武術こそがすべてと考えている国なのだ。これほどの魔術を実演する人などいるはずがない。

 先生は部屋を見渡したあとに、おもむろに教室の隅に置いてあった金属のバケツを取ってきて、自分の足元に置いた。

 そして、その上に杖をかざすと、杖のすぐ下から透明な液体が出現し、バケツのなかへと流れ込む。そのとき、部屋の空気が一瞬にして乾燥したように感じた。


「今回はわかりやすいように水を合成してみました。他にもガスとかもできるのですが、ここでは危ないので、やめておきました」


 賢明な判断ではあるが、この勢いでガスなど発生させた場合は、礼拝堂が吹き飛んでしまうのではないか。

 先生の笑顔とは対照的に、もう私の顔からは表情が抜けているはずだ。隣の蓮や陽翔はるとも同じだと思うが、彼らを見る余裕すらない。

 さきほど最初の魔術の時に感じた熱い何かが、さらに増して流れ込んでくる。知らないうちに自分の足が震えていた。



「次は、エレクトリカルの魔術です」


「バ、バッ、バシッン!」


「「「!」」」


 先生が胸の前に杖を水平に突き出すと、杖の先端から大きな音とともにバケツに向かって閃光せんこうが走った。いや、背丈の半分ほどの高さと、バケツの間を何回も折れ曲がりながら突き進むそれは、まさに稲妻だ。

 あまりの音と光に体が『ビクッ』と震え、反射的に椅子から腰を上げて逃げ出しそうになる。同時に体中に熱い何かが一気に流れ込む。


――これはいったい何なの?


 それよりも、あの魔術には驚きをとおり越して恐怖すら感じる。体中が震えている。


――まだ続くの?


 他の二人もそう思ったはず。しかし、先生は軽い笑みさえ浮かべながら続ける。


「最後はライトの魔術です」


 最後に、とてつもないものが飛び出すのではと体がこわばる。


 そして先生が杖を真っすぐ上に立てて、その先端に着いているオレンジ色の宝石をこちらに向ける。すると、宝石は光り輝き部屋中がオレンジ色に染まる。

 最後は驚愕きょうがくするほどの魔術ではなかった。ただ、それまでが驚きすぎたからであり、この光の明るさから考えて尋常な魔術ではない。最初に見ていれば、やはり驚いていたに違いない。


 光りが収まると、先生は満面の笑みを浮かべて続けた。


「これが基本となる六つの魔術です」


――これが基本? いやいや、驚異的な魔術だよね?


 きっと蓮も陽翔はるとも同じことを考えている。少しだけ魔術を練習して強くなると考えていた自分が浅はかだった。これほどの魔術を簡単に使える訳がない。

 それを、細身の小さな女性がやってのけたのだ。驚きと恐怖で血の気が引き、全身が震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る