1-11 意識なき決着

「そぉら……よっ!」


 高々と掲げられた闇の剣の一撃が、界域の大地を割る。

 その余波でさらに大地は砕け、塵になっていく。

 攻撃を回避した眷属は、空に浮かぶ地面の残骸に飛び移った。

 眷属の身体には、すでに負っていた傷より深い傷がいくつも走り、長く劣勢を強いられていたことがうかがえる。


「ははははははっ! いいなぁいいなぁ! 楽しいなぁ!」


 爛々と輝く目で眷属を追いかける少年。


「■■■■■■ッ!」


 眷属は広げた両手からそれぞれの指を伝い、計十本の雷撃を少年へ放射した。


「そう来なくっちゃ!」


 少年が連続で振るった闇の剣から、同じ色の斬撃が三日月状の衝撃となって飛ぶ。

 斬撃は雷を喰らい、そのまま眷属へ殺到した。

 眷属を起点に爆発が起こり、その姿が煙に隠れる。


「捕まえたぁっ!」


 足場にしていた地面を砕いて跳躍した少年を、煙から飛び出した拳が襲う。

 だが、眷属の白い右腕は、肘から先が切断された。

 回避と同時に、闇の剣が閃いた結果だ。


「ヒュウッ! あっぶねぇ!」


 青い血を浴びながら、少年は笑みに興奮を混ぜる。


「■■■!」


 眷属が失った腕の傷口から、雷の槍が少年に迫った。


「うおっとぉ!」


 少年はかわすが、その頬に雷撃の掠めた感覚が走る。

 続けざまに放たれた重たい蹴りは、少年を地面に叩き落とした。


「■■■■■■■■■ッ!」


 頭部の虚空から放たれる極大の光線。

 少年の立つ地面が爆心地と化した。

 だが、離れた位置に着地した眷属は、まだ警戒を解かない。


「……やるなぁ、デカブツ」


 闇の剣の幅が広がってできた壁の向こうから、少年が現れる。


「人間が混じってるし、ただの魔物じゃねぇとは思ったけどよ」


 少年の口の端から、赤い血が落ちる。

 けれどその頬からは、青い血が伝っていた。


「俺に傷をつけるなんて、大したもんだ」


 少年が頬の傷を撫でると、一瞬で傷は消えた。


「身体もあったまったことだし……。そろそろ本気、いってみるか」


 闇の剣を下段に構えた。その刃が激しく波打ち、凶悪な形を作る。


「お前も全力で来いよ! じゃなきゃ張り合いがねぇからな!」


 挑発する声に、眷属は残った左拳を握りしめる。

 左腕に雷撃が集約し、輝きを強めていく。


「いっくぜえええええっ!」


 勢いよく飛んだ少年が闇の剣を振り上げた。

 眷属は左腕と首の上から雷撃と光を放って迎撃する。

 闇はそのどちらをも切り裂いて、眷属を両断。

 左右に分かたれた眷属の身体が霧散し、ラーグの額の結晶も粉々に破砕した。


「お?」


 ずるりと眷属から剥がれ落ちたラーグを、少年は反射的に受け止める。

 少年とラーグに付着していた青い血は、塵となって消えた。

 片腕でラーグを抱えた少年は大地の破片に降り立ち、ラーグを横たえる。


「おい、起きろ。おい、おいって」


 揺すったり頬を軽く叩いてみるが、ラーグは目を開けない。


「……ンだよ終わりかよ。つまんねぇ」


 闇の剣を元の状態に戻して鞘に納め、少年が息を吐く。


「もう少し楽しめると思ったんだけどな」


 ラーグを地面に置いた少年は、右手の開閉を数度繰り返した。


「まだいけるか? となれば……」


 少年の狂暴な目が、白い空間へと向けられる。


「あの向こうだ……!」


 が、その目に怪訝の色を差した。


「ん?」


 白い空間から人が……子どもが落ちてくる。

 片方が折れた角と妙に長い耳を持った少女だ。

 空に投げ出されて驚いた様子だったが、すぐに砕けた地面を操って道を形成。少年がいる場所まで滑り降りた。


「……のじゃっ!?」


 が、最後は決まらず、すてーん、と尻もちをついた。


「急にすんなり通しよって! なんなんじゃ一体!」

「ああ、そりゃこっちのセリフだ」


 少年は少女――メルナの首根っこを掴んで持ち上げた。


「なんだお前。向こうから来たみてぇだが……」

「お、おう。レノス、無事じゃったか。しかし不敬じゃぞ。降ろせ」

「その角……なかなか高位の魔族だな」


 覗き込んでくる少年に、メルナは違和感を覚える。


「レノス……?」

「よし魔族、次はお前だ」


 メルナを降ろした少年が、剣の柄に手を運んだ。


「そのちんまいナリは擬態だろ? さっさと元の姿に戻れよ。そんで戦おうぜ」


 メルナは、小さく息を吐いた。


「……余とて戯れの心得はあるが」


 直後、銀の瞳が鋭い光を宿す。


「こういった手合いは好かんな」

「はははっ! すげぇ! ビリビリ来やがる!」


 喜悦の表情を浮かべる少年に、メルナはそっと拳を握る。


「しっかり――せんかっ!」


 メルナの足元の地面が隆起して、拳を身体ごと猛烈な勢いで押し上げた。


「ゴッ!?」


 小さくも鋭い拳を顔面に喰らった少年が、その場にしゃがみ込む。


「っつうぅうう……!」


 涙混じりの目を開けた少年――レノスは、周囲を見渡した。


「あ、あれっ? 俺、何を……って、メルナ⁉」

「まったく。手間をかけさせるな。ただでさえ疲れとるというのに」

「何がどうなって……そうだ! ラーグッ!」


 そばで倒れるラーグの姿に、レノスの顔から血の気が引く。


「ラーグ! おい、目を開けろ! ラーグ!」

「落ち着け。魔力が切れただけじゃ。死んではおらん。そのうち目が覚める」

「そ、そうなのか? よかった……」

「そ、れ、よ、り、じゃ!」


 メルナが、レノスの赤くなった鼻先に指を立てた。


「なんじゃさっきのは! 魔王たる余に無駄骨を折らせた挙句、あの無礼な態度! ぬし、余を舐めておるのか!?」

「え、な、なに? 待って待って待って! なになに、何の話!?」


 いきなり現れたメルナに詰められ、レノスは目を白黒させる。


「お、俺、化け物になったラーグと戦って、魔力切で気を失って……そのあとのこと、何も覚えてない!」

「じゃろうな! 余を知らぬ様子じゃったからな!」


 界域を包む振動が大きくなっていく。

 三人の身体が、重力に逆らって浮かんだ。


「か、界域が閉じる……!」

「どうやら、向こうに引き戻されるようじゃな。先のことは改めて問いただすとして、レノス」

「ん?」


 ラーグを抱えたレノスは、メルナと目を合わせた。


「戻ったら、気をつけるのじゃぞ?」


 聞き返す間もなく、白色がレノスの視界を覆っていった。

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