1-9 雷鳴轟く決闘
ついに、ラーグとの決闘の時がやってきた。
俺とウォルゼ、そしてミシェラがいる第一演習場の西側控え室にまで、この戦いを見に来た生徒たちの声が聞こえてくる。
「結構な数の見物人が来てるな。ここに来る前もよく知らない先輩に声かけられたし」
部屋に俺の声が少し反響する。ウォルゼたちも頷いた。
「久しぶりの決闘ならこんなもんだろ。それに組み合わせも、校舎を壊す騒ぎを起こした二人だからな」
「レノスくん、緊張してない? 朝も昼もごはん一緒じゃなかったから」
「大丈夫大丈夫。いろいろバタバタしててさ。心配させてごめん」
部屋にいるメルナに食事を届けるため、昼間はウォルゼたちとは別行動になった。
そのせいで二人に余計な心配をさせてる。メルナのこと、やっぱり教えたほうがいいんじゃないかな……。
「いいさ。それより、決闘に集中しろよ」
ウォルゼは俺の肩を叩いた。
「ラーグにムカついてるだろうが、冷静にな」
「頑張ってね、私たちも客席から応援してるから!」
「ありがとう、二人とも。――行ってくる!」
二人と別れ、演習場へ出る。
歓声が、ひと際大きくなった。
腹に力を入れていないと、飲まれてしまいそうだ。
「よう。遅かったな」
待ち構えていたラーグが、右の拳を左手に打ち付ける。
「カス雑魚のくせに、逃げずに来たのは褒めてやるよ」
「そっちが来るのが早すぎるんじゃないか。授業終わったら教室飛び出してさ。子どもじゃあるまいし」
「ハハハ。……しゃべってなきゃ震えちまうらしいな?」
ラーグの挑発は華麗に聞き流して、視線を巡らせる。
……見つけた。客席の一番上。ユーさんは、学園長用の特別席から俺たちを見下ろしている。
こんな決闘を認めたワケは、後できっちり説明してもらおう。
俺の視線に気づいたユーさんは、組んだ脚の上に置いていた手を小さく振った。
「決闘前に人探しか? 余裕なもんだな?」
視線を戻すと、ラーグがこめかみに血管を浮かべていた。
「まさか。でも、気になってさ」
「へッ、その面、今にぐしゃぐしゃにしてやるから、覚悟しやがれ」
ラーグの目が狂暴な光を宿したのを見て、剣の柄に手を伸ばす。
「こ、これより! ラーグ・ロア、レノス・アーティオンによる、決闘を行います!」
演習場の中央。地面をすり抜けて浮上した水晶玉から、俺たちの組の担任、エリカ・ピークス先生の姿が出た。これは映像で、本人は客席の最前列に近い審判席にいる。
少し子どもっぽい見た目から、生徒たちに年の近いお姉さんか友達みたいな接し方をされる先生だが、組内の決闘ということで審判を任されたらしい。
「勝敗はいずれかの戦闘不能、または降参により決します! 降参の場合は相手にその意思を示し、速やかに戦闘行為を止めてください!」
緊張した声の後、白く光る魔法陣が水晶を中心に広がって、俺とラーグを囲んだ。
「両者、入場!」
エリカ先生の宣言に続いて、戦場へ向かうための合言葉を同時に唱えた。
『
下から突き上げる光と風に包まれて、視界がゼロになる。
目を開けると、俺とラーグは演習場ではなく、円形に切り取られた荒野にいた。
演習場の地下にある魔法装置が、俺たちをこの場所に導く。
さまざまな色が混ざり合った空が広がるここが、決闘の舞台。
界域の外周に、演習場の客席と観客の姿が現れた。界域の外を水晶玉が投影していて、外の様子もこっちに見えている。
「レノスー! 負けるなよー!」
「頑張ってー!」
投影されたウォルゼとミシェラの声援を背に、深く息を吸った俺は剣を抜いた。
「――
俺の声に応えて、光の剣が展開する。
「ラーグ」
「あ?」
「悔いのない戦いにしよう」
「……ああ、そうだなぁ」
ラーグが姿勢を低くして、両手を広げた。
「では……」
先生の声がする水晶が高い位置に移動して、ひび割れていく。いよいよだ。
「――始めっ!」
声を合図に、水晶玉が砕けた。
『死にさらせええええええええええっ!』
ラーグの全力の雷撃に、俺も魔力がほとばしる全力の光の剣を振り下ろす。
ぶつかり合う二つの輝きが、界域の地面を削っていく。
それは! それとして!
「なに早速終わらせようとしてんだああああああああっ!」
「てめぇこそ瞬殺しにきてんだろがああああああああっ!」
閃光を挟んで互いに怒鳴る。光だけじゃなく、バチバチと激しい音が俺たちを包んでいた。ラーグのやつ、戦いの前に詠唱を済ませてやがったな!
「アホレノス! 初手ブッパは魔力切れが早まるからやめろっていつも言ってるだろ! ってかラーグもかよ!」
「私はやると思ったよ! レノスくん! そのまま押し切っちゃえ!」
音の隙間を縫って、ウォルゼたちの声が届く。
確かにラーグが俺と同じ短期決戦を選んだのは驚いた。
押し寄せる激流に真っ向から向かうような感覚。威力は完全に拮抗している。
差が出るとするなら……気合だ!
「ふんぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
「ぬぐうおおおおおおおおおおおおお!」
ほんの一瞬、拮抗が崩れた。
「ぐおっ⁉」
「おあっ⁉」
剣が弾かれて、雷撃がかき消える。
俺の手を離れて飛んでいく剣に、お互いの視線が向いて一秒後。
もう一度睨み合ったラーグへ、俺は地面を蹴った。
きっと、俺もラーグと同じ目をしてたんだろう。
気づいたときには、お互いの顔にお互いの拳がめり込んでいた。
揺れた視界を気力で戻して、また右の拳を繰り出す。ラーグのみぞおちに入った。
「てめ……! 仮にも剣士だろ!」
「たった今その剣が吹っ飛んだ!」
身体を折り曲げながら呻くラーグに放った膝蹴りは、両手で止められた。
「ざっけん、なっ!」
俺の膝を支えにして、頭突きをかましてきた。
頭の奥に鈍い音が響く。
「この……っ、ツンツン石頭が……!」
ラーグの上着の襟を掴んで、勢いをつけて頭突きを返した。
額を押さえてよろめくラーグへ追撃を仕掛ける。
魔法の発動にはそれなりの集中が必要だ。
魔法使いたちに対抗する方法は、その集中の隙を与えないこと。
つまり、ひたすらボコボコに殴ればいい。
爺ちゃん。昔教わった『魔法使いに襲われたときの訓練』が役に立ったぞ!
「やっぱりてめぇは……マギナに相応しくねぇっ!」
鼻血を出すラーグが、掴みかかってくる。
「またその話か! いい加減、うんざりなんだよ!」
掴み合ったまま地面を転がって、至近距離でラーグへ叫んだ。
「俺なんて放っておけって、言ってるだろうが!」
「黙れっ! 魔法も使えないやつが、神霊獣を斬るだぁ⁉ バカにすんな! オレは、てめぇや他の連中とは違う!」
取っ組み合いは、ラーグが俺の上になって止まった。
「オレは託された! オレの……っ! オレたちの復讐は、誰にも邪魔させねぇ!」
拳に雷撃が宿っていた。
「やば――⁉」
ラーグの両腕を掴んで、胴体に足裏を押し付けて投げ飛ばす。
「っのヤロォッ!」
宙を舞いながらも、ラーグは俺に電撃を飛ばしてきた。
足を振り上げた勢いで跳び起きて、雷撃を避ける。
ほんの少し遅れていたら黒焦げだった……!
「ハァ……! ったく、飛ばし過ぎたぜ」
ペッと血を吐いたラーグは、激しく肩を上下させている。
あの息切れは、魔力の激しい消費による現象だ。
どうやら、今の攻撃で限界を迎えたらしい。
「もうキツいんじゃないか、ラーグ。別に降参してもいいんだぞ?」
「抜かせ。てめぇだって脚が震えてるぜ」
威勢のわりに顔面蒼白だ。なんて強がり。震えているのは事実だけども。
「オレはまだまだやれんだよ。てめぇから離れたからなぁ」
「む……」
あの全身から出る電気。ハッタリじゃないな。
「剣のないてめぇなんざ怖かねぇ! このままズタボロに――!」
時が止まるように。ラーグが硬直した。
「な、んだ……身体が……っ⁉」
ラーグだけじゃない。観戦する学園の生徒たちの像も、停止したまま消える。
「どうなってる……? ラーグ! 界域の様子が変だ!」
視線を正面に戻すと、ラーグの上着のポケットから何かが飛び出した。
「こいつは……!」
青く光るそれが、弧を描いてラーグの額に触れる。
爆裂。
突然に、最初の攻撃よりも大きく激しい雷が、ラーグを包んだ。
「ぐっ……! ごっが……ぁ……あああああああああああああっ⁉」
雷の奥で、ラーグが絶叫する。
「ら、ラーグッ⁉ どうした⁉」
叫びながら悶え苦しむラーグ。どう見ても普通じゃない。
「オレ、は……!」
汗を浮かべ、ラーグがつぶやく。
「オレは……こンなことで……!」
ラーグの目に、結晶と同じ光が宿る。
「ラーグ、それ――」
「オレはあああぁアァあアあアああああッ!」
閃光が視界を覆い尽くした。
「く……っ!」
光が消えて、もうもうと上がる土煙の向こう。
帯電する音が聞こえて、大人の男の倍近い巨大な影が見える。
「ラー……グ?」
現れたのは、胴体にラーグの下半身を取り込んだ、首のない人型の白い怪物だった。
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