1-7 この戦いは

「あっ、レノスくん!」


 ウォルゼと外に出ると、ミシェラがちょうど施設内に入ろうとするところだった。


「帰ってすぐに修練場に向かったって聞いて! ラーグくんとの決闘のことは……」

「ああ。ちょうど今、そのことでラーグと話してきたところだ」

「こいつ、最後の最後でラーグの挑発に乗りやがった」


 呆れたウォルゼが口調で続いた。


「負けたら退学だぞ、退学。どうすんだよ」


 学園を卒業して得るマギナの資格は、いうなれば神霊獣たちと戦うための免許だ。

 マギナや学園生徒じゃないのにやつらと戦うことは、犯罪になってしまう。特例もあるとかないとかだけど。


「勝てばいいだけだ。戦う前から負けたときのことなんて考えるかよ」

「……お前とラーグって、実は気が合うんじゃないか?」


 話を聞いていたミシェラが、まるで自分が戦うみたいな真剣な表情になった。


「やっぱりやるんだね。いつやるの?」

「明日の放課後」

「そっか……。急だけど、まだ時間はあるよ。レノスくん、どうする?」


 ミシェラが何を言いたいのか、すぐにわかった。


「こっちの都合なのに悪い。頼めるか?」

「もちろん。準備ができたら、いつもの場所ね」

「俺もとことん付き合うぜ。今回のラーグはさすがに見過ごせないからな」

「ありがとう、二人とも。荷物を部屋に置いてくる。先に行っててくれ」


 ウォルゼたちと一度別れて、寮に向かう。

 通り道の広場に足を踏み入れると、すぐに学園を出る前と似たような視線の集中にあった。


「あ、ほらほら、あいつだ」

「負けたら退学なんて、ラーグも相当頭にキてるんだな」

「ロアってあれでしょ? “始まりの日”に侵攻があった土地の……」


 いろいろな声が聞こえる。でも、今は二つの理由で気にしていられない。

 ラーグとのこともあるけど、一番の心配はメルナだ。

 ちゃんと俺の部屋に着いたのかな。記憶を読んだとは言ってたけど……。

 妙な緊張を覚えながら寮に入って、一階の奥――俺の部屋の扉を、同じ緊張を抱えたまま開く。本当に鍵がかかってなかった。


「おっ、来たか。思いのほか早かったのう」


 音で気付いてメルナが振り向いた。


「よかった。そっちも迷わず来れたんだな」

「子ども扱いするでない! 鍵開けの魔法にはちと手こずったがの!」

「ごめんごめん。ところで、そろそろ見ないふりも限界なんだけど……」


 どーん、と。それはもう、どーん、と。

 メルナの後ろには、角ばった巨大な椅子があった。

 背もたれも必要以上に長くて、天井に届きそうだ。


「なに? そのデカいの」

「見てわからんか? 玉座じゃ」

「玉座」


 明らかに体格に合ってない巨大な椅子に、メルナがちょこんと座る。


「うーむ、やはり今の余では収まりが悪いか。じゃがまあ、しばしの辛抱じゃな」


 右側に寄って、脚を組んで頬杖をついたメルナは、満足そうに鼻を鳴らす。


「いやいやいや、何してくれちゃってるんだよ!」

「なんじゃ? 座りたいのか? だがダメじゃ。我が臣下よ、弁えるがよい」

「そうじゃなくて! なんで部屋に入って真っ先にやるのが玉座の用意なんだ!」

「城に玉座を置くのは当然じゃろ……?」

「俺の方が変なこと言ってる感を出すな!」

「地面が近かったのは僥倖じゃな。床と地面に魔力を流してこの通りじゃ」


 よく見ると、玉座付近の床には小さな欠片や土汚れが散らばっていた。

 ぶち抜いたのか。まさか、床ぶち抜いたのか!


「ここ寮だぞ! 誰かに見られたらどうするんだ!」

「新しい家具とでも言えばよかろう。寝具と机と棚だけの殺風景な部屋じゃ。妙に片側も空いておるし」

「それはたまたま俺の同居人がいないだけだよ! 物が少ないのは認めるけど! とにかく、その玉座はどうにかしてくれ!」

「うるさいのう……。仕方ない。この玉座にも認識阻害の魔法をかける。ひとまずはそれでよかろう?」

「頼むぞホントに……」


 荷物を机の上に置いて、長く息を吐く。

 隠せって言うわりに、本人が堂々としすぎなんだよな。


「して、そちらはどうなんじゃ?」

「え?」

「何も知らんと思うたか。決闘とやらじゃ。詳細は知らぬが、ここに来るとき、ぬしの名とともにそんな言葉を聞いた」


 耳が早いな。いや、学園ではこの話題でもちきりだったんだろう。


「明日の放課後にラーグ……同じクラスのやつと戦うことになったんだ。これからウォルゼとミシェラに練習相手をしてもらう」

「そうか。じゃがまあ、安心せい」

「何が?」

「決闘というからにはどちらかが死ぬまで戦うのじゃろ? ぬしは殺させん。余たちがひとつとなれば、軽くひと捻りじゃ」

「え?」

「うむ?」


 メルナがぱちくりと瞬きする。多分、かなり勘違いしてるな。


「決闘で死人は出ないし、この前みたいな融合もしないぞ?」

「……どういうことじゃ? 主に二つ目は」

「ラーグとの勝負、俺は、俺の力だけで戦う」

「………………」


 メルナの眼差しが、少し鋭くなる。


「レノスよ、それは賢い選択とは言えんな」


 声にも威厳めいたものを感じた。子どもの姿でこれだ。成長したらもっとすごいことになるだろう。


「余とひとつになって力を振るえば、ぬしはこの学園……いや、世界にすら君臨できる。なぜそのようにせんのじゃ」

「それだと、意味がないだろう?」

「意味じゃと?」

「努力して得たわけでもない力で強くなったって、嬉しくないよ。そりゃあ強くはなりたいけどさ」


 そもそも君臨とか、そんなことに興味はないし。


「俺は、神令獣も眷属もいない世界にしたいだけだ。俺たち二人の力は、そういうことに使いたい」

「ふん……やはり、人間どもの考えることはわからん」


 メルナが椅子に深く座りなおす。


「でも、今回に限ってはもうひとつ理由があるかな」


 それは? と視線だけで問いかけられた。


「爺ちゃんをバカにしたラーグに、自分の力で勝ちたい。これは俺の戦いだ。だから明日は、メルナにはただ見ていてほしい」


 メルナは短い沈黙のあと、眉を下げて笑った。


「わかったわかった。好きにするがよい」


 メルナの様子は元通りになって、声のとげとげしさも消えていた。

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